そうか、もしハマクラさんが存命だったら100歳か。1917年(大正6年)生まれだから確かにそういう勘定になる。「ハマクラの音楽いろいろ―浜口庫之助・生誕100年企画―」(テイチクエンタテインメント)を聴いていると、あのちょっととぼけたような顔つきが目に浮かぶ。亡くなったのは90年(平成2年)で享年73歳。少し早いんじゃないかととても残念に思ったものだ。

 

 今回のこのアルバムは「オリジナル作品集1、2」「カバー作品集」「CM・主題歌・セルフカバー集」計4枚からなる。企画日音他、監修濱田高志。すこぶる充実した内容で、この人なしに昭和ヒット曲史を語ることは不可能だと、改めて思い知らされる。

 

 ともかくいちど聴き出したらもうストップが利かなくなってしまう。ごく初期の「黄色いさくらんぼ」「僕は泣いちっち」から始まって、超ヒット曲が山ほどあるからだ。プラスすること、オリジナルとカバーの聴き比べが実に楽しい。「星のフラメンコ」だったら西郷輝彦、井上陽水、「恍惚のブルース」だったら青江三奈、美空ひばりというように。4枚で収録曲は96曲を数える。

 

 浜口庫之助は、作詞・作曲家として売れっ子になる前、ハワイアンやラテン・バンドを率い活躍していた。ジャズについての造詣も深かったし、ジャズ・ヴォーカルの味わいも軽妙で捨て難いものがあった。戦時中、ジャワ島で暮したことがあり、ガムランにも精通している。

 

 作詞、作曲ともにその手法は自由自在、融通無碍、その極みだった。日本民謡のよさだって心得ていた。ノンジャンル。モダン・フォークの「バラが咲いた」から昭和歌謡に新風をもたらした「愛のさざなみ」まで。どの曲も和と洋のブレンドの具合がとてもうまい。CMで引っ張り凧だったのもわかる気がする。

 

 私が愛してやまないのは「涙くんさよなら」「花と小父さん」である。共通分母は軽みとしゃれっ気か。

 

 それから「エンピツが一本」。米軍による北ヴェトナムの病院爆撃を報道した国際ジャーナリスト、大森実氏をモデルにしたと、直接クラさんから聞いたことがある。ふたりは大の親友だった。

 

 浜口さんの思い出はいっぱいある。先っぽに分銅をつけた細い紐をよく新人歌手に振らせていた。リズム感を叩き込むためだそうだ。真弓夫人(女優、歌手の渚まゆみ)もやらされた口だろうか。

 

 渚、前田美波里、KANAの歌う「主婦とロマン」は、今回初めて聴いたが、人妻の浮気を是とする?歌詞がユーモラスだ。でもこれって愛妻家クラさんの本音とは思えない。

 

 (オリジナル コンフィデンス  2017/9/25号 コラムBIRD’S EYEより転載)

 

この4枚組アルバムで

ハマクラ作品のすべてが楽しめます。