ヒロイン2人の予想外のキャスティング

 

 ちょっと予想外なキャスティングで、大丈夫かな?声優の水樹奈々、G・ホルスト作曲「ジュピター」の印象が強い歌手の平原綾香がダブルキャストで、女性シンガー・ソング・ライターの先駆けキャロル・キングを演じると聞いたときの、私の率直な感想だ。

 

 そもそも『Beautiful The Carole King Musical』(2014年1月14日、ブロードウェイ開幕、続演中)日本版の上演は無理と、頑なに思い続けてきたせいもある。日本のミュージカル女優で誰が若き日のキングをホーフツさせることができるのか?そっくりさんは望まないものの、誰がキングのような虚飾をはぎとった真摯な歌いぶりができるのか?

 

 ブロードウェイのオリジナル・キャスト、ジェシー・ミューラーが、初々しく逞しく、入魂の歌唱、演技を見せたせいで(トニー賞ミュージカル主演女優賞受賞)、日本の女優、歌手にはハードルが高いと判断したふしなきにしもあらず。

 

  水樹は声優としては超人気だが、ミュージカルには縁がなかった。平原もたった1回しかミュージカル出演の経験がない(『オペラ座の怪人』続篇『ラブ・ネバー・ダイ』)。かえってそれだけに、ふたりとも役作りも歌の勉強もゼロからスタートでき、それが有利に働くかもしれないと、今、私は少々考えを改めつつある。

 

  題名の『ビューティフル』は、キャロル・キングにとって人生の大きな転機となった名盤「つづれおり(タペストリー)」のなかの、同名の1曲を踏まえている。劇中、ほかにも「イッツ・トゥー・レイト」「君は友だち」のようなよく知られた名曲が、キングの実人生とからみ合ってそれこそタペストリーのように歌い継がれていく。

 

      キングの青春の蹉跌 その克服の物語

 

  母に反抗してまで音楽家を志した少女時代から、「つづれおり」の大ヒット、それを記念してのカーネギー・ホールでのコンサートが開かれる絶頂期まで、彼女の半生にはいいこと悪いことさまざまな出来事が次々と巻き起こる。

 

 演劇ジャーナリスト、マイケル・リーデルの人気コラム(ニューヨーク・ポスト紙連載、ネットで読める)に、以前こんなことが書かれていた。

 

 『ビューティフル』がワークショップの段階にあった頃のことだが、キング本人が見学にやってきた。劇中のキングが夫で作詞家という仕事上のパートナーでもあるジェリー・ゴフィンから家を出ていくと告げられ、赤ん坊のわが子を抱きつつ「ウィル・ユー・ラヴ・ミー・トゥモロー」を歌う場面になると、涙が止まらず無言のまま稽古場を立ち去ったというのだ。

 

  このミュージカルにはヒロイン、キングの青春の蹉跌、その克服の物語という側面があることを見逃してはなるまい。

 

 『ビューティフル』にはミュージカルとしてふたつの特色がある。ひとつはありものの楽曲をベースにした所謂カタログ・ミュージカルだということ。もうひとつはショウ・ビズ界の裏側を描いたバックステージものだということ。といっても『コーラスライン』『42ndストリート』のような劇場の楽屋物語ではなく、ポップスのヒット曲作りの内幕がリアルに描かれる。

 

 懐かしのアメリカン・ポップスに乗って私たちの青春が甦える!

 

                            ({コモ・レ・バ?} Vol.32 Summer 2017より転載)