3月6日付け讀賣新聞に、惜しくもアカデミー賞作品賞を逸した話題のアメリカ映画『ラ・ラ・ランド』について寄稿しましたので、再録いたします。

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 『ラ・ラ・ランド』ほど、往年のシネ・ミュージカルからの引用にあふれた映画に出会ったことがない。まず音楽。『ロシュフォールの恋人たち』などの洒脱なルグラン・ジャズが、多分に意識されている。渋滞するフリーウェイで車から飛び出した人々が狂喜乱舞する冒頭の場面は、『フェーム』のなかに下敷にした個所がある。

 

 ちょっとでもハリウッド・ミュージカルをかじった人なら、公園での主役男女ふたりのダンスから、ただちに『バンド・ワゴン』の有名なシーンを連想するにちがいない。

 

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 トリヴィアをひとつ。主演のジャズ・ピアニスト役ライアン・ゴズリングのダンスに、電柱をつかんでぐるりと回る振付がある。『雨に唄えば』のジーン・ケリー(監督、振付、主演)にそっくりの動きがあると指摘する人がいるが、当たり前だ。『ラ・ラ・ランド』の脚本・監督デイミアン・チャゼルは、撮影前、ケリー未亡人に撮影用台本など資料を見せてもらっているというのだから。

 

 私の見るところ、この作品の背後にはチャゼル監督初めスタッフたちが共有しているひとつの思想がある。仮にそれを、私は〝引用の美学〟と呼びたいと思う。念のためにひとこと。それは決して盗用、悪用、無断借用と同じ類いのものではないと。

 

 引用が美学に転化するには、いくつかの条件を必要とする。何より先行作品とそれらを作った先輩たちへの敬愛の念である。そして、そのオマージュを具体的に作品化するアイディア、技術も備わっていなくてはならない。でないとアマチュアリズムに終わってしまう。

 

 〝引用の美学〟の効用は、まず第一に伝統の継承にある。『ラ・ラ・ランド』のお蔭でさまざまな過去のミュージカル映画が、ふたたび脚光を浴びることになるだろう。もとネタの名作を知る世代はもう一度、知らない世代は是非とも一度見たいと思うはずだ。

 

 ちなみに監督のチャゼル、作曲のジャスティン・ハーウィッツともに1985年生まれと至って若い。その彼等が自分たちの生まれる前のミュージカル映画に関心を抱き、研究し尽くし、更に学んだ成果を自作に生かすことで、伝統を受け継ぐという大仕事をやってのけたことになる。旧世代的ノスタルジアと無縁なのがいい。

 

 そのような真摯で自由なチャゼルの姿勢が、アカデミー賞監督賞受賞にもつながったのではないか。

 

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