スティーヴン・ウィット著『誰が音楽をタダにした?』(関美和訳、早川書房刊)の原書がアメリカで刊行されたのは、2015年6月のこと。発売と同時にニューヨーク・タイムズが書評したのを初めとして大いに話題になった。

 

 邦訳が出たのは16年9月。音楽業界の強者のうちには「この程度の情報なら格別新味はない」と語る人もいるようだが、不勉強の私には技術革新、音楽、人間関係すべて興味深く刺激的だった。

 

 著者のウィットは1979年生まれの気鋭のジャーナリストである。最近、日本でもなにかしら話題の調査報道の手法を徹底的に駆使し、すなわち自らの頭と足をフルに回転させて、〝CDはどこに消えてしまったのか?〟という厳しい現実に勇ましく立ち向っている。

 

 著者のこの本を書こうと思った動機が面白い。彼は、2005年、大学を卒業する頃、既に20ギガバイトのドライヴ6台に1500ギガバイトの音楽(アルバム1万5000枚分)を詰め込んでいたが、数年前、突然、「この音楽はみんなどこから来ているんだ」と疑問を持ち、音楽業界を根本から揺さぶる大命題と格闘する気を起こしたのだという。

 

 この著書は三つの異る物語からなり立っている。あるいは3人の主要人物がいて、それぞれが違うストーリーを背負っていると言ってもいい。3人とは、ドイツの集積回路研究所に所属するmp3生みの親カールハインツ・ブランデンブルク、米ノースカロライナ州のポリグラムCD工場の従業員デル・グローバー、誰もが知る世界最強の音楽エグゼクティヴ、ダグ・モリスである。

 

 ブランデンブルクを中心とした研究者たちは音楽を損わぬままCDの音楽データを圧縮する技術を開発した。グローバーはいともた易く自分の仕事場からCDを持ち出した。そしてモリスはテクノロジー音痴のため音源流出を喰い止めることが出来なかった。この三つの象徴的な出来事がからみ合い、音楽がどんどんタダになって行ったというのが、ウィットの展開する物語の骨子と思われる。

 

 さすがダグ・モリスと言いたいエピソードも出て来る。孫とユーチューブで自社制作のラップ映像を見ていて、そこに広告が貼りつけられていることに気づく。ただちにすべてのウェブサイトに広告収入の8割を支払うよう要求し、巨額の収入を確保する。更には独自の音楽ビデオ・シンジケーション・サービスVevoまで立ち上げてしまう。その動きの素速いこと。

 

 なお最近の著者は10万曲を超えるmp3ファイルを破棄し、スポティファイに会員登録したそうだ。

 

(オリジナル コンフィデンス  2017 2/27号 コラムBIRD’S EYEより転載)

 

 

       スリル満点のノンフィクションです。面白くて為になります。