前回、UPした朝日新聞広告特集の原稿とは別に『キンキーブーツ』についてもう一本書きました。併せてお読みいただければ幸いです。

 

 

厳粛かつ今日的な主題が熱い音楽とダンスで際立つ

 

ミュージカルらしい陽気な楽しさが、小気味よい音楽と溌剌としたダンスともに随所ではじける。ドラァグ・クイーン、ローラの率いるゲイ・クラブとミラノのファッション・ショウの場面では、思わず腰が椅子から浮いてしまう。

 

ブロードウェイでの公演は、2013年4月4日に開幕し、もちろん現在もロングラン中だ。ことし7~8月には東京、大阪で日本人キャストによる舞台もあった。

 

日本版では靴工場の若き後継ぎチャーリーを小池徹平が、靴工場再建に一肌脱ぐゲイの女王ローラを三浦春馬が演じた。三浦がミュージカル慣れしている小池に引けをとらず、大奮闘しているのに目を見張った。

 

そして10~11月には、いよいよアメリカ・キャストによるツアー・カンパニーの公演である。私自身、日本版を結構楽しんだだけに、その残像が消えないうちにアメリカ版が見られるのはとてもうれしい。ふたつのヴァージョンを比較対照出来るだろうから。でもちょっと怖い気もする。

 

題名の『キンキーブーツ』は、ドラァグ・クイーン好みの赤いロング・ブーツを意味する。見た目はほっそりと超スマートに、でも男性を支えるのだから頑丈に作らなくてはならない。

 

生活環境も人生観も異るチャーリーとローラの協同作業はうまく行くのか?そのプロセスに見え隠れするのは、どうしたら立ち場の違う人間同士の間に友愛の情が生まれるのか、という厳粛かつ今日的な主題である。

 

世界のポップ・アイコンが放つ粒ぞろいの楽曲

 

このヒット・ミュージカルの最大の主役は、実は舞台に登場しない、世界の〝ポップ・アイコン〟シンディ・ローパーではなかろうか。ストーリーに寄り添いつつ、一曲々々粒だった楽曲を書き上げた彼女の才能に改めて舌を巻く。そう、この作品の作詞作曲はシンディなんです。達者なもので、今回がブロードウェイ処女作だなんて、とても思えない。

 

シンディの曲作りは、親しみ、気取りのなさを身上としている。一見、自由奔放。すべては、長年、彼女が培い磨き上げて来たポップス感覚のなせる業にちがいない。

 

ミュージカルの作り手たちがよく使う一種の隠語?に〝I wantsongというのがある。作品の序盤で、主人公がこれからの人生でなにを望んでいるかを端的に歌い上げるナンバーのことだ。この手の曲のあるなしが、作品全体の出来不出来を多分に左右することになるという。

 

『キンキーブーツ』では「Step One」がそれに当たる。父の死とともに工場は閉鎖すべきか散々迷っていたチャーリーだが、キンキーブーツ開発に目覚め、断固たる決意を歌に託す。

 

♬昔の僕はゼロだった/でも今、はっきり感じとれる/ヒーローになれるかもしれないって/新しいヒールを作り出してね……

 

見事な〝I wantsongである。

ローラが強かった父からの訣別を宣言する「Not My Fathers Son」も、これぞ魂の叫びと言える絶唱で捨て難い。

 

トニー賞ベスト・オリジナル楽曲賞に輝いてなんの不思議もない。

 

生の『キンキーブーツ』を観劇すれば、蔭の立て役者シンディ・ローパーのオーラをたっぷり浴びることだって出来るのでは……。

 

 

(豊かな無駄時間を楽しむ大人のコミュニティ・マガジン {コモ・レ・バ?} Vol.29 Autumn 2016 より転載)