さまざまなあつれきを乗り越え全員の力で作り上げたキンキーブーツを掲げる。完成の喜びと、お互いが分かり合えたうれしさを高らかに歌いあげる。

 

    才能の衝突越え 一流品

 

 ごっつい脛(すね)をスリムに見せる。丈は膝より上。ヒールは細く高く。それでいて履くのはドラァグクイーン、つまり男性だから、頑丈じゃなくちゃいけない。

 

 そんな長靴、すなわちキンキーブーツを完成させるために、イギリスのとある町工場の職人たちは必死の作業を続ける。その光景から私は、ミュージカル『キンキーブーツ』の作り手たちの、見えざる努力に思いを馳せずにいられなかった。

 

 集まったスタッフの顔ぶれが凄い。脚本ハーヴェイ・ファイアスタイン(『ラ・カージュ・オ・フォール』他)、演出・振付ジェリー・ミッチェル(『ヘアスプレー』他)。ふたりともミュージカルの表裏を知り尽くしている。

 

 そして音楽・作詞は80年代から世界のポップス界を牽引(けんいん)し続けて来たシンディ・ローパー。『三文オペラ』で1回だけブロードウェイの舞台に立ったことがある。しかし、書き手としては今回が初挑戦だ。

 

 これだけの才能がそろえば異る意思がぶつかり合い、あわや空中分解という危機があったのでは?いや、それを乗り超えたからこそ、楽しさ満載、芝居と音楽とダンスがきちっと噛み合ったミュージカルの一流品が生まれたのだろう。

 

 一方、『キンキーブーツ』の劇中ではさまざまな衝突が次々に起こり、事態は悪化の一途をたどる。若輩チャーリーは父の急死で社長の座に就いたものの、社員と気持が通じ合わない。新商品キンキーブーツ開発のため、アドバイザーになってもらったドラァグクイーン、ローラともズレが生じる。ローラと社員もなにかと反発し合う。

 

 目指すミラノ見本市でのキンキーブーツの披露は実現出来るのか。

 

 人間ひとりひとり、生まれ育ちも、ものの考え方もすべて異る。性意識だって一様ではない。あらゆる点で違いを持った人間同士が、どうしたら理解し合い、愛を深めることが出来るのか。私たちは、作品のそこここにこだまするローラの声に耳を澄まさなければなるまい。ローラは叫んでいる。「そのためにはどんな相手に対しても偏見を捨てることよ」と。

 

 原作の映画からミュージカルに受け継がれているこのメッセージを、楽天主義と笑い飛ばす前にもういちどしっかり噛みしめたい。

 

    ポップスと人間味 

 

 『キンキーブーツ』には物語上の設定で、そのままショウ場面に移行出来る個所がふたつある。ローラ率いる一座が出演しているロンドンのクラブ、それとラストのミラノのファッション・ショウである。いずれもきらびやかなシーンに仕上がっていて目の保養になる。ドラァグクイーンたちのハイヒールでバック転にはびっくりさせられた。

 

 楽曲の書き手にシンディ・ローパーを推したのは、脚本のファイアスタインだと聞いているが、この人選がずばりはまった。彼女の明るいポップス感覚と物語にあふれる人間味とが、それぞれの曲のなかで見事に溶け合い一体化している。曲の風格とともに詞の軽妙さが捨て難い。

 

 ローパーのファンには、本人が出ないから見に行かないという人がいると聞く。〝曲は人なり〟なのにもったいない。

 

                                   (9月27日付け朝日新聞広告特集より転載)
 

                

ローラ率いるドラァグクイーンたちのショウが華やかで楽しい。
ミュージカルの見せ場のひとつです。