世界的に有名なオーケストラになればなるほど、年がら年中、世界を駈け巡っている。そのことはじゅうぶん承知しているつもりだったが、飛行機の貨物室に積み込む楽器に〝パジャマ〟を着せることはまったく知らなかった。かなりの高度を飛ぶせいで貨物室が冷凍庫化し、楽器に変調を来たすからだという。〝オケの旅〟には人知れぬ苦労がいっぱいあるようだ。

 

 映画『ロイヤル・コンセルトヘボウ オーケストラがやって来る』は優れた音楽ドキュメンタリーである。同種の『ベルリン・フィル最高のハーモニーを求めて』と比べてみても、より興味深いエピソードがいっぱい詰め込まれている。

 

 コンセルトヘボウは、2013年、創立125周年を迎えた折、大規模な世界ツアーをおこなった。この映画は、アルゼンチン、南アフリカ公演での密着取材から多くの材料を得ている。機内でのピアニスト志望の男性乗務員とのやりとり、留守宅を守る子どもとの電話など楽員の素顔が次々に映し出される。

 

 しかし、なんと言っても見どころは、個々の楽員が音楽について語るインタビューである。ブルックナー「交響曲第7番」でたったいちどジャーンと鳴らすため、じっとすわり続けるシンバル奏者が明かす忍耐と緊張についてとか。ファゴット奏者とフルート奏者は、一杯やりながらクラシック音楽の枠を飛び越え、フォーク・ミュージックの愉しさを語り尽くす。

 

 聴く側の心境や体験も心打つ。ブエノスアイレスのタクシー運転手は、孤独を癒すためにクラシックを熱愛するが、仲間から変人と思われない配慮も心掛けている。南アの黒人音楽教師は、貧しい幼年時代、ユーディ・メニューインのヴァイオリン演奏に接し、この道に入った思い出を振り返る。

 

 いちばんずしーんと来るのは、コントラバス奏者がショスタコーヴィッチ「交響曲第10番」の自分のパートを弾きつつ、スターリン恐怖政治との関連を語る場面だろうか。それともうひとつ、マーラー「復活」に万感の思いを込めて聴き入るペテルブルクの老人の姿も忘れがたい。彼は、ヒトラー、スターリンとふたつの収容所から脱出し生き延びて来た人物だという。

 

 そうか、エディ・ホニグマン監督が描きたかったのは、音楽と人間と歴史の連環だったのか?

 

 このペルー生まれの女性監督について、私は多くのことは知らない。現在、コンセルトヘボウの根拠地オランダに住む。日本とは、山形国際ドキュメンタリー映画祭でなんども受賞するという深い縁がある。

 

 彼女にとって「音楽の無い世界」は「邪悪な力によって全ての活動、生命そのものが突然停止してしまった(中略)恐ろしく、凍った世界」だそうだ。

 

オリジナル コンフィデンス  2016 2/15号 コラムBIRD’S EYEより転載)

 

映画『ロイヤル・コンセルトヘボウ~』のパンフレットより。

ずらりと並んだこれらケースの中にパジャマを着せられた楽器が

収まっています。