渡辺謙、『王様と私』でブロードウェイ・デビュー。 難度の高いソロも堂々と
渡辺謙がニューヨークLINCOLN CENTER THEATER AT THE VIVIAN BEAUMONTで公演中のミュージカル『王様と私』の王様役で出演しています。4月29日に発表になったトニー賞主演男優賞にノミネートされる
以下、私が讀賣新聞(
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
1860年代、近代化・西欧化の荒波が押し寄せるシャム王国(現在のタイ)。山積する難題と苦闘する国王は、しばしば自らを鼓舞するかのようにつぶやく。「エトセトラ・エトセトラ・エトセトラ……」(その他もろもろ……)と。
この呪文のようなせりふには、国王を演じるわれらが渡辺謙の胸のうちと多分に共鳴し合う部分があるのではないか。
ミュージカル初挑戦、しかも本場ブロードウェイの新プロダクション(リンカーン・センター・シアター制作)での主役である。更に作品自体、知名度の高い『王様と私』(作詞・台本オスカー・ハマースタイン2世、作曲リチャード・ロジャース)なのだから。やってもやってもまだある厖大なせりふ、ハードルの高い歌やダンスを前にしてのプレッシャーたるや推して知るべし。
なによりもまず、舞台全体がミュージカルとして一級品の仕上がりを見せている。巨大な黄金色の仏像、うすものたなびく女性陣の衣裳など、南国の幽玄境を思わせる視覚的美しさが眼福である。しかし私は、シンフォニックな新編曲とミュージカルとしては破格の30名編成のオーケストラが紡ぎだす聴覚的楽しさに、より陶酔感を覚えた。
王とイギリス人家庭教師アンナ(ケリー・オハラ)が丁々発止と繰り広げる東西対立のドラマも、主演俳優ふたりの緊迫する演技によって鮮明に描き出されている。
蔭の牽引役は、オペラでも腕を振るう演出のバートレット・シャーであろう。渡辺の予想以上にうまく行っている役作りは、この演出家が巧みに誘導した結果にちがいない。じゅうぶんな威厳、たゆまぬ向学心、時折こぼれるユーモア感覚。せりふで客席の笑いを誘う頻度もかなり高い。
私は、王の孤独な心情吐露とでも言うべき「ア・パズルメント」にいちばん感心した。きわめて難度の高いソロ曲だが、緞帳前、なにもない裸の舞台で半ば語りかけるようなレチタティーヴォ的手法をとり入れつつ堂々と歌い上げた。
もちろん最大の見どころは「シャル・ウィ・ダンス?」である。アンナの「ワン・トゥ・スリー、ワン・トゥ・スリー」の掛け声に王がおずおずと一歩踏み出す。ニューヨーク・タイムズの劇評家が書いていた。その瞬間、「ふたりの艶やかな情愛が劇場内を満たした」と。
アンナ役のケリー・オハラは、ブロードウェイの名花のひとりである。特に〝銀色の声〟と称される輝きに満ちた歌声は、第1幕冒頭の「アイ・ウィッスル・ア・ハッピー・チューン」から私たちの胸を震わせずにおかない。
それにしても異文化間の衝突、譲歩、和解、融合、エトセトラ……は人類永遠のテーマである。64年も昔の1951年に『王様と私』を創作したハマースタイン、ロジャースに改めて最大の敬意を表したいと思う。 4月22日観劇
劇場で無料配布されるプログラム「PLAYBILL」