堀威夫さんが仕掛けた国際戦略の数々~ミュージカル界の先達(パイオニア)たち第11回 | 安倍寧オフィシャルブログ「好奇心をポケットに入れて」Powered by Ameba

堀威夫さんが仕掛けた国際戦略の数々~ミュージカル界の先達(パイオニア)たち第11回

ホリプロの看板ミュージカル『ピーターパン』は、81年の第1回から87年の第7回まで主役榊原郁恵、演出福田善之という布陣でおこなわれた。新劇系の、それも反体制色の濃い劇作家兼演出家の起用は、新宿コマ劇場の北村三郎プロデューサーから出た案らしい。

 

ミュージカル専門の演出家が登場する以前の、一種の苦肉の策と思えなくもない。

 

ともすると『ピーターパン』の成功の蔭に隠れがちだが、86年、ホリプロが世に問うたふたつのミュージカルを記憶にとどめておきたいと思う。『ビッグ・リバー』と『12ヶ月のニーナ~森は生きている』である。

 

多分、興行的には楽ではなかったろう。しかし2作とも驚くほどの冒険心にあふれていた。陣頭指揮をとった堀威夫社長(現ファウンダー最高顧問)の志が見え隠れする。

 

『ビッグ・リバー』(85年トニー賞最優秀ミュージカル賞他全7部門受賞)は、白人少年ハックルベリー・フィンと黒人奴隷ジムの固い友情の物語である。堀さんはハックに真田広之、ジムにブロードウェイのオリジナル・キャスト、ロン・リチャードソン(トニー賞最優秀ミュージカル主演男優賞)という配役で臨んだ。

 

ジムは歌こそ英語で歌ったが、科白は日本語で喋った。千秋楽まで科白はたどたどしさをまぬがれ得なかったが、已むを得まい。

 

『12ヶ月のニーナ』では、原作がロシア戯曲のせいか、音楽を同じロシアの高名な作曲家シチェドリンに委嘱した。それにアメリカから『ピーターパン』で親しくなったフライング技術の名人、ピーター・フォイが加わる。出演者は床嶋佳子以下日本勢プラス米国勢。日米露共同の大作だけに、開幕前も後もさぞや舞台裏は大変なこと尽くめだったろう。

 

堀さんが係わった作品で、ミュージカルとしてスタートしながらやっと出来上がったらストレート・プレイという作品がある。井上ひさし作『ムサシ』である。

 

「吉川英治の『宮本武蔵』が英訳され、アメリカで5万部も売れたし、作曲家のヘンリー・クリーガー(『ドリームガールズ』)が興味を持ってくれているという。脚本は井上ひさしさんでどうだろう。そんな話が持ち込まれたんです」

 

堀さんと井上はこの壮大な日米合作の企画で初めて顔を合わせるのだが、ふたりは井原高忠(もと日本テレビ制作局長、故人)という人物を介し太い糸で結ばれていた。井原、堀両人は戦後の学生カントリー・バンド仲間、一方、井上は井原プロデューサーのもとでコント書きに精出した時期があったのだ。

 

『ムサシ』は上演されるまで26年の年月がかかった。いつの間にかクリーガーは姿を消していた。

 

「でも歌入り芝居にはなっているし、ニューヨーク公演もやれたんですから……」

と語る堀さんの顔には微笑みが浮んでいた。

 

        (「シアターガイド」2015年3月号より転載)



             『ムサシ』は韓国でも上演された。その時の舞台より、
               宮本武蔵の藤原竜也(左)と佐々木小次郎の小栗旬。