年末のご挨拶に替え、ことし読んだノンフィクション(人物評伝でもあります)を三冊挙げたいと思います。

 

 なぜノンフィクションなのか。私が生きてきた、そして今も生きている現代に興味があるからです。なぜ人物評伝なのか。人間以上に興味深い存在がないからです。ということで以下三冊。順不同です。

 

◇山本一生「哀しすぎるぞ、ロッパ/古川綠波日記と消えた昭和」(講談社)

 

 昭和の喜劇王ロッパ(1903~61)は膨大な日記を残しています。その一部は「古川ロッパ昭和日記」(全四巻、晶文社)として刊行されていますが、近代史研究家山本一生さんの著作は、出版されていない部分も含む日記の生原稿をも検証・解説し、最晩年のロッパの生身の姿をリアルに描き出します。

 

 人気の衰え、病魔との闘いのなか、生活のために舞台をつとめるその姿は、凄絶でもあり悲惨でもあります。いくつになってもお坊ちゃん育ちが抜け切らず、わがままいっぱい生きざま、徹底して食いしん坊だった側面も浮き彫りにされます。

 

 人気スターとはなんなのかを考えさせられる一冊でもあります。

 

◇後藤正治「天人/深代惇郎と新聞の時代」(講談社)

 

 深代惇郎さん(1929~75)は、生前、朝日新聞論説委員として同紙第一面コラム「天声人語」を執筆した名ジャーナリズトです。名文家の誉れ高くミスター天人の異名を奉られたほどでしたが、46歳の若さで白血病のため亡くなりました。

 

 着実な仕事ぶりで知られるノンフィクション作家 後藤正治さんは、深代さんの文章には「文品」があったと言います。書くものに品位、品格があったということです。深代さんのコラムは何故文品を持ち得たのか?文は人なりと言ってしまえばそれまでですが、後藤さんは、多くの友人知人の証言をもとにそのよって来たるところを徹底的に追い求めます。

 

 本書は、深代惇郎という一記者の評伝という枠を超えた優れた新聞ジャーナリズム論でもあります。朝日に限らず名文記者がほとんど存在しなくなった新聞ジャーナリズムへの挽歌かもしれません。

 

◇渡邊満子「皇后陛下 美智子さま/心のかけ橋」(中央公論新社)

 

 著者の渡邊さんは、もと日本テレビの皇室番組プロデューサー。20年の取材体験があってこそでしょう、どの頁からも皇后陛下の類いまれなお人柄がそくそくと伝わってきて、胸が熱くなること再三ならずでした。

 

 皇后陛下が児童文学の分野で国際的に貢献されていること、音楽、短歌にも優れておいででいらっしゃることは仄聞しておりましたが、宮中の伝統のひとつであるご養蚕に対しても、ひとかたならず心血を注がれていることを初めて知り、深く感じ入るところがありました。

 

 天皇陛下、皇后陛下がお互いにいかに敬愛し合っておいでかも、またじゅうぶんに知ることができます。

 

 渡邊さんの描く美智子さまのイメージを通じ、皇室と私たち国民との距離感が一段と近くなったように思えます。

 

 さて、新しい年にはどのようなノンフィクション、あるいは人物評伝との出会うことができるのか、これまた楽しみです。

 

  皆様、どうぞよいお年を。


          ことし私が感銘を受けたノンフィクション三冊です。