いずみたくと処女作『見上げてごらん夜の星を』~ミュージカル界の先達(パイオニア)たち第8回 | 安倍寧オフィシャルブログ「好奇心をポケットに入れて」Powered by Ameba

いずみたくと処女作『見上げてごらん夜の星を』~ミュージカル界の先達(パイオニア)たち第8回

東日本大震災直後、サントリーが、坂本九のヒット曲「上を向いて歩こう」「見上げてごらん夜の星を」をフィーチュアした復興支援CMを大量にオンエアした。

 

「上を向いて~」は、全米ヒットチャートでNO.1を記録した唯一の日本曲として広く知られる。作詞永六輔、作曲中村八大。

 

しかし、一方の「見上げてごらん~」が、もとを正せばミュージカルの主題歌だったということは、ほとんど知られていないのではないか。作詞は同じく永、作曲はいずみたくの手になる。

 

ミュージカル『見上げてごらん夜の星を』は、前回、紹介した『可愛い女』同様、勤労者のための音楽鑑賞組織、大阪労音(勤労者音楽協議会)によって製作・上演された。初演は1960年7月、於フェスティバルホール。演出も永六輔が手掛けた。

 

『見上げてごらん~』は定時制高校の生徒たちの、昼間は仕事、夜は勉強という健気な日常を描いた作品である。現実の日本の若者たちを主人公に据えた初めてのミュージカルだったかもしれない。

 

初演時はジャズ・ハワイヤン・コーラスの伊藤素道とリリオリズムエアーズが高校生を演じた。リリオの面々はすでにいい歳(20代後半か?)だったが、定時制高校生ならあり得ることだと妙に納得させられるふしもあった。

 

同じ労音ミュージカルでも、前の年の『可愛い女』(作安部公房、作曲黛敏郎、演出千田是也、出演ペギー葉山、立川澄人他)にくらべると、『見上げてごらん夜の星を』は、脚本も音楽も親しみやすさに満ちあふれている。前衛性はどこへやらだ。

 

それというのも、『可愛い女』への反省の上に立って企画・製作されたからではないか。労音が会員本位の鑑賞団体である限り、当然の方向転換にちがいない。

 

初演から3年後、『見上げてごらん~』は、梅田コマ劇場で再演された。キャストもリリオから坂本九、ダニー飯田とパラダイスキングへと一新される。

 

梅コマは阪急・東宝系列のれっきとした商業劇場である。そこが、組合運動と密接な関係にある労音発のミュージカルをとり上げるというのだ。びっくりした。と同時に、面白いものは面白いとする大阪商人らしい割り切り方だなと感心したものだった。

 

この作品はいずみたくのミュージカル処女作である。CM界の売れっ子作曲家だったにもかかわらず、永に口説かれ引っ張り込まれた。しかも永から条件がひとつつけられた上でだった。

 

「出来上がるまで、CMソングはもちろん他の一切の仕事をやめて」(いずみたく著「ドレミファ交遊録」、朝日新聞社/70年)。

 

このときの主題歌が、50年以上のちCMソングとして復活するとは、誰が想像し得たであろうか。

 
                         ( シアターガイド」12月号より転載)

坂本九の左うしろは九重佑三子です。
 

           写真提供=一般社団法人 映画演劇文化協会