社会人の仲間入りをした若者への助言になるかもしれないと、人生のベテラン吉田さんが語ったエピソードである。

 

 映像作家として著名な吉田直哉さんがNHKに入ったのは、昭和二十八年のことだが、きのうの出来事のように第一日目に与えられた仕事のことを覚えているという。

 

「ラジオ番組のためにLPコンサートのお知らせの原稿を書かされたのですが、十五秒ほどのものなので、字数にするとわずか七十字しかない。そのなかに日時、曲目、入場無料だということを盛り込まなくてはならないので、ほんとうに苦労しました」

 

 指導にあたった先輩がスパルタ教育の権化みたいな人だったので、なんと八十三通りも書かされたということだ。

 

 お陰でそのときの曲目、モーツァルト『ピアノ協奏曲第二十一番』は、四百六十七番というケッヘル番号まで今でも頭にこびりついてしまっている。「モーツァルトといえば『トルコ行進曲』にも不思議な思い出があってね。中学生のときとNHKに入ってからと歯科医院で治療中二度も、この曲を聴いているんです。そのせいか、ラジオから流れてきただけで、もう歯がうずき出すんですよ」

 

       (1991年4月21日、産經新聞)

 

(追記)吉田直哉さんは、NHK在籍中、大河ドラマ『太閤記』『源義経』『樅の木は残った』を演出したことで知られる。武蔵野美術大学映像学科で後進の指導にも当たった。

2008年 逝去、享年77歳。