4月19日から公開されている映画『チョコレートドーナッツ』をやっと見た。ドラッグクイーン役のアラン・カミングの演技、歌が絶品と聞きながら、なぜもっと早く見なかったのか。今更言うのもなんだが、これはまぎれもなく傑作です。

 

 この映画が深い感動を呼ぶのは、トラヴィス・ファイン監督(脚本・製作にも共同で携わっている)の視点が、徹底して差別される側にあるからだ。常に弱者の立ち場にある私たち普通の人間は、監督のこの演出スタンスに共感せずにいられない。

 

 実話に基づいたというストーリーはかなり特異である。時代は1970年代、ところはカリフォルニア。ドラッグクイーンとエリート法律家のカップルがいる。もちろん彼等の恋物語も濃密かつ繊細に描かれるが、話は意外な方向に突き進んで行く。

 

 ふたりが、薬物依存症の母親に見捨てられたダウン症の少年の親代わりを申し出たところ、法律がそれにノーを突きつける。男ふたりと母親とどちらが少年に愛情を持っているかより、世間の常識が優先されるということだ。その際、法律ないし世間の常識の根底にあるのは、同性愛への差別である。70年代の西海岸にはまだこんな対ゲイの差別意識がはびこっていたのかと改めて驚かされる。

 

 ゲイカップルと権力側との法廷闘争の場面が見応えがある。男ふたりは腕っこきの黒人弁護士に助けを求める。人種問題も同性愛も差別という点で同根だからだ。

 

 そもそも弱者が強者に挑んだ果敢な戦いである。弱者に勝目があるはずもなく、物語の結末はもの哀しさに包まれる。

 

 私が遅蒔きながらこの映画を見ようと思い立ったのにはひとつの動機がある。タワーレコード渋谷店にふと立ち寄ったところ、サントラ盤(Rambling RECORDS)が置いてあり、そばの立て札に「2014年上半期の大本命が『アナと雪の女王』だと思っている方に『ちょっと待った!』です」と書かれていたからだ。もちろん即買いましたよ。

 

 映画の原題名『Any Day Now』は、ボブ・ディランの「I Shall Be Released」の歌詞に拠っている。

 

弱者、あるいは差別される者の解放への希望と確信が、この詞と曲には満ち満ちているが、それがまた映画の主題と重なり合い一分のずれもない。

 

この曲と「Come To Me」を歌うアラン・カミングの迫真力、妖気には思わずたじたじとなってしまう。もちろん、その魅力、歌唱力はアルバムでも楽しめるが、見た目の両性具有性はスクリーンでないと。

 

 というわけで劇中のゲイクラブのショウ場面は目を凝らしてお楽しみあれ。

 

 邦題『チョコレートドーナッツ』は少年の大好物をネタにしている。主題からははずれるが、覚えやすい分悪くない。

 

 

(オリジナル コンフィデンス  2014/8/25号 コラムBIRDS EYEより転載)



 日本版ポスターです。



 こちらはアメリカ版。