ローレン・バコールの訃報に接したとき、すぐさま私がやったのは、彼女の主演ミュージカル『アプローズ』のオリジナル・キャスト版を捜し出して来て、彼女の歌を聴くことだった。1972年発売だからLPです。


 当たり前のことだが、彼女の歌は歌手の歌ではない。女優の歌である。歌唱力で聴き手をねじ伏せるのではなく、その役柄に徹することでこちらをすとんと納得させるそんな歌い方とでも言ったらいいか。作曲のチャールズ・ストラウスも彼女の個性を見事に生かし切っている。

 

『アプローズ』でバコールが演じたのはブロードウェイの大女優マーゴ・チャニングである。女優としてもひとりの女性としてもしたたかに生きて来たはずなのに、小娘のような新人女優イヴ・ハリントンにとり入られ、ころりとだまされ、役まで奪われてしまう。

 

 独特のしわがれた声で彼女が歌ういくつかのミュージカル・ナンバーを聴きながら、何気なくライナーノーツに目を遣って驚いた。日本でマーゴを演じた越路吹雪、山田卓(振付)、岩谷時子(作詞)、そしてなんとこの私と、4人の文章が並んでいるではないか。私自身、そんな文章を書いたことさえすっかり忘れてしまっていたのに。

 

 そのなかから越路と私の文章を読んでいただきたいと思います。『アプローズ』日本版初演(1972年6月5日~7月10日、日生劇場)までのいきさつがほの見えて来るからです。もしかしたら越路の文章は、マネジャー兼座付き作詞家の岩谷時子さんによる代筆かな、などと失敬な想像をたくましくしつつUPいたします。

 

 ちなみに日本上演の際の生意気な若女優イヴは、雪村いずみと新人江崎英子のダブルキャストでした。

 

 

「アプローズ」を観る

 2年前だったか・・・・・・ニューヨークから帰国しようとする私に

「もう3日も経てばローレン・バコール主演の、すばらしいミュージカルがオープンするのに・・・・・・」

 と、残念がってくれた人がいたが、それが「アプローズ」であった。

 

 前評判にたがわず「アプローズ」は、今もロング・ランしていて、6月には日本でも上演されることになり、演出家の浅利慶太氏、舞踊家の山田卓氏、評論家の安倍寧氏に、私たち夫婦で、この1月の寒いニューヨークへ「アプローズ」を見学に行って来た。

 

 主演マーゴの役は、ローレン・バコールからアン・バクスターに代わっていたが、バイ・バイ・バーディーでお馴染みの作曲家チャールス・シュトラウスの音楽はもとより、演劇としても、すばらしいミュージカルであった。

 

 見学した日、楽屋へアン・バクスターさんを訪ねたが、マチネーで疲れているにもかかわらず「アプローズ・アプローズ(喝采・喝采)」と云いながら、手を叩いて愛想よく我々を迎えて下さった。

 

 小柄な女優さんで、私が日本でマーゴの役をすると聞き、

「こんなヤング・レディがマーゴを? でも、なんてビューティフルなマーゴでしょう」と云われ、ヤングでもビューティフルでもない日本のマーゴは恐縮して引き下がった。

 

 ローレン・バコールは、パーソナリティで、アン・バクスターは演技で、それぞれに好評だと聞くが、私も私のマーゴで、一生懸命やってみたいと思う。

 

 ブロードウェイのミュージカルには中年の女優が主演しているものが多く、いつも、歌って踊って芝居して、元気いっぱい舞台いっぱいの大活躍である。ニューヨークへゆくたびに刺戟される私は、今、「アプローズ」の上演を前に、朝早くから、越路流体操をして、トレーニングに励んでいる。                      (越路吹雪)

 

 

●「アプローズ」のだいご味

 

「アプローズ」は、開幕当時、マーゴ・チャニングの役をローレン・バコールが演じていた。かれこれ1年ぐらいバコールで続演されたのではなかろうか。わたくしが見たのは、1971年1月だが、見終ったとたんに、これは越路吹雪さんにどんぴしゃりの演目だと思った。

 

 映画「イヴの総て」はともかく、舞台の「アプローズ」におけるマーゴは、越路さんのために書かれたのではないかと思われるほど、彼女にふさわしい役柄なのだ。

 

 マーゴ・チャニングは、女優そのものである。まさに典型的女優である。女優という存在の喜び悲しみのすべてが、これほど見事に盛り込まれた役柄を、わたくしはマーゴ以外に見たことがない。

 

つまり、それだけに、マーゴを演じるためには女優としての豊かな年輪ときめ細かな感性が必要とされるわけで、わたくしが、この役を日本でやれるのは越路さんをおいていないと判断したのも、この点をおいてほかにない。

 

72年1月、わたくしは、こんどはアン・バクスターでマーゴを見ているが、これがオリジナル・キャストのバコール以上の出来映えなのにびっくりさせられた。

 

「アプローズ」がロング・ランされたブロードウェイのパレス劇場の、切符のもぎりのおばちゃんと立ち話したら、彼女がこういっていた。

 

「歌はバコールのほうがうまかった。しかし、全体の役作りということでは、アン・バクスターのほうがいい線いってるわ」と―――。

 

 一長一短あろうし、人によっての好みも違うだろうが、いろいろ比較寸評できるところが、またロング・ランしたミュージカルならではの楽しみにちがいない。

 

「アプローズ」は、ブロードウェイが好きな、いわゆる、バックステージものである。

マーゴを中心にくり広げられる人間関係は、そのまま現代社会の縮図ということができる。

「アプローズ」こそ、おとなの楽しめるミュージカルの典型であろう。

                     (安倍 寧)


(左から)

イヴ・ハリントン=江崎英子  マーゴ・チャニング=越路吹雪   イヴ・ハリントン=雪村いづみ