ごめんなさい、今回はのっけから小難しいことを書きます。

 

 模作(パスティーシュ)についてです。

 

 敬愛する作家、辻原登さん(1990年、芥川賞)に「東大で文学を学ぶ/ドストエフスキーから谷崎潤一郎へ」(朝日新聞出版)という新刊書があります。2013年、東大でおこなった文学講義を一冊にまとめたものです。

 

 辻原さんによると、「文学における最も重要な手法」は「模作」すなわちパスティーシュだそうです。「学ぶ」は「まねる」から来るとまで明言しています。

 

 さる6月28日、新国立劇場中劇場で三谷幸喜 作・演出『抜目のない未亡人』を見ながら、しばしば頭に浮かんだのは辻原さんのパスティーシュ論でした。

 

 模作することは、もちろん贋作、偽作、盗作することとはまったく異なります。下敷にした先行作品があっても、それを乗り越えてやるぞという意気込みがなければ、パスティーシュは成功するはずもありません。

 (朝日新聞出版刊)

   三谷の『抜目のない未亡人』は、18世紀のイタリアの劇作家カルロ・ゴルドーニの同じ題名のお芝居を下敷にしています。

 三谷は、背景こそヴェニスとそのままですが、時代を18世紀から現代に、ヒロインをただの金持ちの未亡人から夫を失った国際的映画女優に書き替えました。ヒロインに群がる男たちも上流階級の伊達男から映画監督に・・・・・。

 

 三谷は、これまでにもニール・サイモン、アントン・チェーホフ、近松門左衛門らの作品を踏まえ、優れた舞台を作って来ましたが、今回は格別に換骨奪胎がうまくいっているように思えます。

 

 俳優陣ではまず大竹しのぶが、時には軽やかに、また時には貫禄たっぷりにヒロインを演じて見せます。この女優の芸域の広さに改めて驚かされました。

 

 出色は狂言回しのホテルマン、八嶋智人でしょうか。なんとも見事な手綱さばきで一癖も二癖もある登場人物たちを操ってみせます。わが劇界にこのような卓越した喜劇俳優がいたとは・・・・。

 

 キャストにはほかに岡本健一、木村佳乃、中川晃教、高橋克実、浅野和之、小野武彦、段田安則らが並びます。壮観です。

 

 北村明子プロデューサーじゃなくちゃそろえられない顔ぶれでしょう。

 

 そうそう、辻原登さんによると「パスティーシュするために最も重要な行為」は、もとねたを「要約すること」だそうです。なぜなら「要約すること」は「エッセンスをつかむということ」だからです。

 

 『抜目のない未亡人』が、梅雨時のうっとうしさを吹き飛ばしてくれる快作に仕上がっているとしたら、三谷がゴルドーニのもとの芝居を完璧に要約した上でそのエッセンスを自作に巧妙に移し替えているからでしょう。ブラボー!

 

(シス・カンパニー公演『抜目のない未亡人』
新国立劇場 中劇場 7月31日まで)
http://www.siscompany.com/miboujin/

 




息もぴったり、八嶋智人と大竹しのぶ。
 

                             撮影:谷古宇正彦



大竹と高橋克実(スペインの映画監督役)も大いに笑わせてくれます。  

                                    撮影:谷古宇正彦