フランスの現代音楽作曲家アルチュール・オネゲルは、大規模な声楽曲の分野で優れた仕事を残しているが、そのひとつが劇的オラトリオ『火刑台上のジャンヌ・ダルク』である。

 裁判にかけられたジャンヌのドラマを自由な発想と優れた技法で描いて見せた二十世紀の傑作と言っていい。

 この大曲と東京大学教授で演出家としても活躍する渡邊守章さんが出合ったのは昭和二十八年、駒場の学生のときだった。NHKラジオの第二放送から流れてきたのを、偶然、耳にしたのだそうだ。

 このオラトリオの台本はフランスの劇詩人ポール・クローデルの手になるものだが、渡邊さんはなによりクローデルのフランス語に心奪われた。

「それまでフランス語というと社交的な、あるいは心理的な言葉だという先入観があった。ところが、クローデルのフランス語は力強く劇的な表現に満ちあふれている。そうか、こういうフランス語もあったのかと驚かされたわけです」

 これぞクローデル学者としての彼の原点にほかならない。

 なお、渡邊さんは『ハムレット』を演出したおり、オフィーリア狂乱の場で、この大曲の一部を使い、効果をあげたこともある。

(1991年2月17日、産經新聞)


(追記)
渡邊氏は、東大退官後、放送大学教授を務めた。毎日出版文化賞、読売文学賞など多くの賞に輝いている。日本の代表的フランス文学者のひとりである。