矢萩春恵(やはぎ しゅんけい)さんの今年の賀状は朱色の扇面に羊の一字。見事なのは、その羊という字が、羊の大きな両の耳と逆三角形の顔面を巧みに写し取っていることだろう。

矢萩さんは、一月末、アメリカに出発する。ハーバード大学東洋美術史学科で書道を教えるためだ。客員教授としてこのアメリカ最古の大学の教壇に立つのはこれが三度目だという。

もちろん実地のデモンストレーションも行うことになっている。例えば二㍍×五㍍の紙に雨、雪、雷、雲の四つの字を書いていくということをやってみせる。このときには特別に作曲してもらった一種のバックグラウンド・ミュージックを流すのだそうだ。作曲者は、バークリー音楽院で教えるボストン在住の竹中真氏である。

「雨が雪になり、雷が鳴ったかと思うと晴れ間に雲が浮かぶという空の移り変わりを書で表現するんですが、竹中さんの音楽が一種の描写音楽になっていて、いつもとても助けられるんです」

 矢萩さんの願いは、漢字にひそむ心をどう表わすかにあるのだそうだ。
                             (1991年1月10日 産經新聞)

(追記)
矢萩さんは日本の代表的書道家。2013年10月、銀座・和光ホールで「矢萩春恵展」を催し、大胆かつ繊細な作品が大きな評判を呼んだ。門下には安倍総理の母洋子さん、バレリーナ森下洋子さん、渡辺プロダクション創設者渡邊美佐さんらがいる。