到底76歳とは思えない艶、張りが声に漲っている。歌全体を大きく膨らませるショーマンシップも健在だ。時折見せるちょっとカマトト風の歌いぶりだって、昔とまったく変わらない。
 雪村いづみの辞書には枯淡という文字はないのか?歌手生活60周年記念アルバム『想い出のワルツ~tribute三人娘/我が心のひばり、チエミ』(ラッツパック・レコード)を聴きながらそんな感想を持った。

 いづみが「想い出のワルツ」「ジャンバラヤ」でビクターからデビューしたのは、1953年4月だった。しかし、それ以前からダンスホール、米軍クラブで歌っていたのだから実際の歌手歴は60年を超えることになる。実人生では激しいアップダウンがあったはずなのに、歌はいつも天衣無縫、よくも悪くも翳がない。

 いづみの芸能生活でハイライトのひとつは、三人娘時代だったろう。三人そろって芸達者でパワーがあった。彼女たちのお蔭でどれだけ世相が明るくなったことか。
 そのような成果を踏まえ、いづみが自分の歌も含めて三人娘のそれぞれの歌をカヴァーするのは、乙な好企画である。これは洋邦楽双方に跨る戦後大衆音楽の継承という大仕事でもある。それだけに美空ひばり、江利チエミの不在がとても淋しい。

 全13曲のうち、ひばりの曲では「リンゴ追分け」「悲しき口笛」、チエミの曲では「テネシーワルツ」「酒場にて」「霧のロンドンブリッジ」、自分の曲では「青いカナリア」「遥かなる山の呼び声」「想い出のワルツ」などが並ぶ。
 たとえば「東京キッド」。詞・曲にあふれる今も古びないモダニズムが、いづみの個性とぴったりだった。「テネシーワルツ」ではカントリー&ウェスタン風を強調しないところが賢明だと思った。
 「想い出のワルツ」はデビュー盤と比べるときわめて技巧的である。かなり凝った編曲だが、彼女の歌いぶりはブレていない。
 編曲は全曲、雪村いづみのすべてを知り尽くしている前田憲男。伴奏も彼が率いるウインドブレイカーズが務める。出しゃばらず蔭できっちり仕事をする前田の職人芸あってのアルバムである。

 ボーナストラックならぬ1枚丸々ボーナスアルバムが付いている。三人娘を看板にした映画『ジャンケン娘』などのサウンドトラックから10曲の大盤振る舞いだ。ひばり「ばら色の人生」、チエミ「ウスクダラ~あんな亀沢女史なんか」、いづみ「スマイル」などの曲を聴けば、彼女たちが只者でないことがただちに理解出来るだろう。

 それにしても三人娘ただひとりの生き残り、雪村いづみの存在は貴重である。時代の証言者、本格派エンターテイナーとしてやってもらいたい仕事がまだ一杯ある。


雪村いずみの新アルバムです。
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前田憲男とウィンドブレイカーズの面々と。
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(ORICON BIZ 11/25発売号より転載)
******************************************************************************ORICON BIZに月1回BIRD’S EYE(鵜の目、鷹の目、安倍の目を魅きつけた音にまつわるエトセトラ)というコラムを書いています。1988年8月以来の長期連載で2009年8月までは月2回でした。私のHPにUPして来ましたが、今はこのブログに転載します。過去の回にご興味の方は本ブログ冒頭の安倍寧Official Web Siteをクリックしていただきたく。