戦後のカントリー・アンド・ウエスタン・ブームの立役者、小坂一也が「メイド・イン・オキュパイド・ジャパン」(河出書房刊)というメモワールを書いた。題名からも分かるように、占領下の日本の“軽音楽事情”、とくに米軍キャンプ内のクラブの情況が生き生きと描かれている。

 もちろん本人がスターダムに上り詰めるまでのいきさつも飾り気なく語られていて、興趣尽きない。そして無垢(むく)の少年の日の思い出も―。

 「明け放たれた応接間の窓近く、おやつに出されたビスケットと紅茶を前にして私は、電蓄から流れてくるドリス・デイのハスキーな、しかものびのいい歌声に、ただうっとりと聴き入っていた」

 クラスメートの家でドリス・デイの「イッツ・マジック」を初めて聴いた日の情景である。「明るいアメリカのイメージを浸透させたということなら、まっ先に大統領からその功績を表彰されてしかるべき」と彼は、ドリス・デイのことを思っているそうだ。

 ちなみに、この曲はSP盤のB面に入っていて、A面はかの有名な「アゲイン」だった。
中学生にして通好みのB面に引かれるあたり、すでにプロだったということか。
 (1990/11/29)

 (追記)
 小坂一也さんは、1997年11月1日逝去、享年62。甘いマスクの二枚目歌手・俳優だった。