東京銀行に入社したが、間もなく休暇を申し出て、一年間、カリフォルニア大学バークレー校に私費留学した。昭和三十一~二年のことだ。

 アルバイトにも精を出した。東銀のサンフランシスコ支店を訪れる日本からのお偉いさんたちのガイドである。コースのなかにジャズ・クラブをかならず入れた。自分がジャズが好きだったからだ。
 フルブライドの留学生が月百ドルに満たない額しかもらえない時代に、四百ドルは稼いでいたという。  
 「モダン・ジャズ全盛期で、ウディー・ハーマン楽団とか生きのいい演奏を随分楽しんだなあ」 

 牛尾治朗氏(ウシオ電機代表取締役会長)が、当時の思い出の曲のトップに挙げるのは、「星影のステラ」である。ロマンチックな雰囲気の佳曲で、♪ステラよ、君はこの世のすべて…という歌詞がついている。

 うわさだと、そのころ、牛尾さんは、ひとりの日航スチュワーデスがフライトでシスコにやってくるたびに、彼女とデートを重ねていたという。その女性こそ現在の牛尾夫人、春子さんである。

 だとすると、牛尾さんにとってステラとはほかならぬ春子さんだったということになる。
 (1990/10/11)