客電が落ち、カーテンの向うで最初のサウンドが炸裂したと思ったら、North Koreaだ、nuclearだという単語が切れ切れに聴こえて来た。えらいもの見に来てしまったと思わず身構える。

 幕が開いた舞台には鉄パイプの装置が組み上げられ、あちこちにかなりの数のテレビモニターが組み込まれている。字幕の助けを借りながら、これから始まるのは、メディアに支配された現代社会とそこに逼塞する若者たちの物語なのだな、と想像を逞しくする。
 
 『アメリカン・イディオット』は、パンク・ロック・バンド、グリーンデイズの同名のコンセプト・アルバムを舞台化したミュージカルである。アルバム発売2004年、ブロードウェイ登場2010年、そしてようやく、この夏、東京でそのツアー版を見ることが出来た(8月7~18日、東京国際フォーラム、ホールC。7日所見)。
 
 登場人物、物語の展開に新味はない。生きる目的の定まらない若者たち、そのガールフレンドたち、過剰な情報、身近な戦争、つい手を出してしまう麻薬……。『レント』のほうが貧乏と戦う切迫感があったし、『ムーヴィン・アウト』のほうが戦争との対峙という点でもっと命がけだった。

 音楽面でもこれらの先行作品とくらべて単色過ぎる。それぞれの曲の曲想は異るのだが、押しなべて同じように聴こえてしまう。ギター(2名)、ベース、ドラム、チェロというバンド編成のせいか。ロック音楽の本質に根差すものなのか。
 
 ただし、1時間40分、全員が全力で歌い演奏することから生じる疾走感はなにものにも替えがたい。それは見終ったあとの解放感、爽快感に繋がるものでもある。
 
 舞台を見ながらの私の嘘偽りない感想は、日本人がアメリカの若者の孤立感と同化するのはちょっと無理だよなといったところだった。しかし、ブロードウェイ・オリジナル・キャスト盤を改めて聴いてみて、かなり考えが変わった。歌詞を見ながらだと、曲との一体感、詞の直截なメッセージ性がよく理解出来るのだ。
 
 カンパニーの水準はかなり高かった。出演者にとって同時代の青春劇というやりやすさがないわけではない。それを割引いても出演者たちの歌唱力には目を見張った。
 
 フィナーレが圧巻だった。20名前後のキャスト全員が舞台前面に上手から下手までずらりと並ぶ、誰もがギターを抱えて……。こんな光景は見たことない。終わりよければすべてよし。

 演出は、『春のめざめ』で07年度トニー賞最優秀ミュージカル演出家賞を受賞したマイケル・メイヤー。そう言えば『春のめざめ』もまた、抑圧された青春、その愛と性を巡るロック・ミュージカルだった。この演出家はロックと青春が好きらしい。


若い俳優たちの熱演が見ものでした。
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©SHINOBU IKAZAKI

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(ORICON BIZ 8/26発売号より転載)/
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ORICON BIZに月1回BIRD’S EYE(鵜の目、鷹の目、安倍の目を魅きつけた音にまつわるエトセトラ)というコラムを書いています。1988年8月以来の長期連載で2009年8月までは月2回でした。私のHPにUPして来ましたが、今はこのブログに転載します。過去の回にご興味の方は本ブログ冒頭の安倍寧Official Web Siteをクリックしていただきたく。