『カルメン純情す』のコメディー・センス | 安倍寧オフィシャルブログ「好奇心をポケットに入れて」Powered by Ameba

『カルメン純情す』のコメディー・センス

 木下恵介監督の『カルメン故郷に帰る』(1951年)には、『カルメン純情す』(52年)という続編がある。DVDで見直し、改めて木下監督のコメディー・センスに舌を巻いた。

 2作とも主役はリリィ・カルメン(高峰秀子)とマヤ朱実(小林トシ子)のストリッパーである。音楽も木下忠司、黛敏郎の二頭立てで変わりない。

 しかし、さまざまな違いがある。『故郷に帰る』は浅間山のふもとの山村、『純情す』
は浅草ほか都内各所と背景からして異なる。最大の相違は、前者はカラーだけれど後者はモノクロという点だ。

 カメラの位置も、前作品は常道を行き常に水平に保たれているのに、後者は右に左に45度も傾く。大胆な実験精神。笑いはバランスを欠いたところから生じると言いたげである。

 前者にくらべ後者には、原爆、再軍備など政治的テーマがより色濃く打ち出されている。しかし、そこは喜劇である。ユーモアとウィットというオブラートに包まれているけれど。

 カルメンが一目惚れする前衛美術家(若原雅夫)の存在が凄くおかしい。彼女が惚れたのは相手の男だけでなく、オブジェ風の作品に対してもそうで、すばらしい、素敵だわとため息をつく。彼女自身、本気でそう思っているのかもしれないけれど、素人の賛辞だけに、ケッタイさが売り物の前衛に対する痛烈な皮肉になっていて、思わずニヤリとさせられる。

 時の総理、吉田茂の進める再軍備に対しても無暗に批判したりしない。選挙戦で再軍備を訴える女性候補者(前衛美術家の婚約者の母親)を登場させる、という逆手を用いている。

 この役を演じる三好栄子の怪演ぶりがすさまじい。このゲテモノ的演技を引き出した木下演出に脱帽した。三好をみるだけでもこのDVDを見る価値あり。

 『故郷に帰る』でもそうだったが、『純情す』でも、演出の眼目は、脱がせないでいかにストリップショーの舞台を見せるかにかかっている。監督の腕の見せどころだ。

 映画が製作された時代を考えたら法律上、倫理上スクリーンでの裸体は絶対無理だし、そもそも高峰、小林らスターが脱ぐわけないもの…。

 ストリップ劇場での出しものは、カルメンという芸名に因んで歌劇『カルメン』のパロディが演じられる。これがまた爆笑を誘わずにおかない。

 主題歌「カルメン純情す」(木下忠司詩、黛敏郎曲、)がお洒落な上に親しみやすく強烈な印象を残す。57年という大昔にこういう歌謡曲と一線を画した曲を書いた黛、それを書かせて使った木下監督ともに只者じゃない。

 そういえば高校生だった私も映画好きの同級生に教えられ、いっしょによく口ずさんだものだった。

 キャストのなかでは前衛美術家の婚約者役、淡島千景につい目が行ってしまう。品のいい色気が絶品で、ぞくぞくっとなる。



ストリッパーを演じた高峰秀子も、もういない。


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