(前書き)
 この5週間、私のアーカイヴより「人と音楽」(産経新聞に1990年4月より長期連載)を再録して来ましたが、その間、新しい情報を吸収しつつ英気を養うことが出来ました。そろそろアップトゥデートな日常に戻りたいと思います。まずは、月1回、恒例のBIRD’S EYEから。

 (本文)
 「木下作品は、木下忠司が初めて音楽を担当した『わが恋せし乙女』以来、基本的に音楽映画の性格を持っている」
 「何度もいうように木下映画には基本的に音楽映画の性質がある」
 著者長部日出雄氏は、『新編天才監督木下恵介』(論創社、2013年5月30日刊)のなかで、このように繰り返し“木下作品音楽映画説”を主張して已まない。

 この主題は、全566頁のこの大著の通奏低音のように常に鳴り響いている(ちなみにこの著作は、新編と銘打たれていることでもわかるように2005年刊行の旧著の全面的改訂版である)。

 木下恵介(1912~98)は、日本の代表的映画監督である。映画作品数全49本。『二十四の瞳』『楢山節考』『カルメン故郷に帰る』『笛吹川』など数多くの名作・傑作・ヒット作を世に残した。
 私は、長部氏の鋭い指摘で初めて気づかされたのだが、この監督は映画の中での音楽の扱いがそれこそ“天才”的にうまかったようだ。

 木下作品というと、すぐに作曲家木下忠司の名前が思い浮ぶ。恵介の6番目の監督作品『わが恋せし乙女』(1946)でプロ・デビューした忠司は、恵介の実弟である。この映画の主人公はハーモニカ好きの少年だが、長部氏によればまぎれもなく忠司の実像が投影されているという。

 ところで長部氏の指摘する木下映画の特質ともいうべき音楽映画とは、いったいなにか。もちろん科白がいつの間にか歌になってしまうようなミュージカル映画のことではない。音楽が、劇の進行上、あるいは主題の展開上、すこぶる重要な役割を果たしている映画というふうにでも理解したらいいのではなかろうか。

 日本最初のオール・カラー『カルメン故郷に帰る』(51)では、忠司のほかに気鋭の黛敏郎を起用しての二頭立てで万全を期したかと思えば、『二十四の瞳』(54)では、数々の小学唱歌(忠司編曲)が、物語、画面とぴたり寄り添い観客の涙腺をほどよく刺激せずにおかなかった。
 『喜びも悲しみも幾歳月』(57)ではその主題歌(忠司作詞作曲)が、スクリーンの枠を超え一種の国民歌謡として全国隅々にまで知れ渡った。木下兄弟の連携プレイがいちばんうまくいった例である。

 日本の伝統音楽をこれ以上ないほど巧妙にとり入れた点では、『楢山節考』(58)を忘れてはなるまい。
 この作品で木下監督が「重点をおいたのは、義太夫の語りと長唄の歌を導入部とし、あとは器楽としての三味線の独奏を生かして映画音楽とすることだった」と長部氏は述べている。

 現在、木下全作品はDVD、ブルーレイで見られる。再見の際は音楽にも注目を。

$安倍寧オフィシャルブログ「好奇心をポケットに入れて」Powered by Ameba

長部さんのこの本、名著です。

(ORICON BIZ 6/20発売号より転載)
******************************************************************************ORICON BIZに月1回BIRD’S EYE(鵜の目、鷹の目、安倍の目を魅きつけた音にまつわるエトセトラ)というコラムを書いています。1988年8月以来の長期連載で2009年8月までは月2回でした。私のHPにUPして来ましたが、今はこのブログに転載します。過去の回にご興味の方は本ブログ冒頭の安倍寧Official Web Siteをクリックしていただきたく。