およそ四十年前に聞いた曲だというのに、篠沢教授はそのディティールを克明に覚えている。

 「タタタタンとピアノで始まり、それにボンボンボンとベースが入ってくる。やがてサックスのソロがからんだかと思うと、ブラスの合奏がかぶさり、一気に盛り上がるんだ」

 昭和二十六年、高校三年生の時、肋膜でやむを得ず病床に伏さなければならなくなった。大学受験に熱意を燃やしていた折も折だけに、挫折感に手ひどくさいなまれた。その病床で聞いたのが、三歳上の兄の買ってきたスタン・ケントン楽団の「アーティストリー・ジャンプ」であった。

 「ブラスのところへくると、曇っていた空がにわかに晴れ上がって、青空がのぞいたような気持ちになったものだなあ」

 クイズ番組やコマーシャルで顔が売れたが、学習院大学・篠沢秀夫教授には、フランス文学というれっきとした本業がある。最近も「地獄での一季節・訳注解」を出版した。

 フランス文学者の青春の思い出の曲がシャンソンではなく、斬新さで一世を風びしたモダン・ジャズの名曲とは。しかし、研究者として常に新しい地平をひらいてきた篠沢教授らしくもある。(1990/5/10)

 (追記) 
 篠沢氏は学習院大学卒教授を退官し、現在同大学名誉教授。
ALSという難病と闘いながら、がん張っている。この4月29日、瑞宝中綬章を授けられた。