松任谷由実が第4回岩谷時子賞を受賞した。4月4日、帝国ホテルでおこなわれた授賞式に出席したユーミンには、だてに40年のキャリアを重ねて来たわけではない貫禄が滲み出ていた。すらっとした立ち姿の美しかったこと。

 シンガーソングライターとして時代の先端を走って来た松任谷に、著名な作詞家・訳詞家の名前を冠した賞ほど似つかわしいものはない。

 岩谷さんと松任谷は、音楽に乗せた言葉を通じ、その時代々々とその男女と彼らの心情を描いて来たということでは、同じ仕事上の先輩後輩でありライヴァルでもあったわけだから。

 松任谷の受賞スピーチでは、先ず、
「岩谷さんは私にとって天神様のような方です」
と語ったのがおかしかった。

 だって天神様って、古風過ぎてユーミンに似つかわしくないと思いませんか。

 続けて、彼女は、
「日本語で歌詞を書くのはほんとうに難しい。ひとつのノート(音符)にひとつの発音(片仮名の一文字)しか乗せられないのですから。岩谷さんはその困難な仕事を先頭に立ってやって来られました」
 と語り(カッコ内、安倍)、
 「あたなの燃える手で/あたしを抱きしめて・・・」
 と岩谷訳「愛の賛歌」の一節を口ずさんでみせた。

 今時の若い歌手には出来ない芸当だ。

 そもそも松任谷と岩谷さんとはちょっとした因縁がある。一生、岩谷さんの訳詞でしかシャンソンを歌わなかった越路吹雪とユーミンとは、同じレコード会社所属だったのだ。ふたりがレコーディングしたスタジオは、たぶん同じだったろう。

 「以前、東芝音楽工業というレコード会社が溜池にありました。その会社の壁に越路吹雪さんの大きな写真が架かっていたのですが、新人のころ会社の人に言われました。越路さんの隣にあんたの写真が架かるよう、頑張りなさいって」

 そもそも岩谷さんは、越路存命中は、彼女のマネジャーが本業で、訳詞・作詞はあくまで副業だった。松任谷にすれば、歌手としての目標にしなさいとハッパをかけられた大歌手の、そのマネジャーだった人の名前のついた賞をもらったわけで、感無量なものがあったろう。

 越路、岩谷、松任谷を結ぶ一本の糸を想像せずにいられない。

 授賞式でユーミンはデビュー曲「ひこうき雲」をピアノの弾き語りで披露した。彼女が16歳のときの作品だという。レコード発表は1973年、東芝音楽工業(のちのEMIミュージック・ジャパン)からだった。

 弾き語りで歌うユーミンの頭のなか、過ぎた40年が駆け巡ったにちがいない。

 なおこの曲は、この7月公開の宮崎駿監督作品『風立ちぬ』の主題歌に決まっている。再度のブレイクもあるかもしれない。

受賞スピーチをする松任谷。
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