由紀さおりの最新アルバム『スマイル』(3月27日リリース、EMIミュージック・ジャパン)は、「ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ」から幕を開ける。なんと大胆な!

 誰だってこの曲名から思い起こすのは、あのヘレン・メリルの心くすぐる名唱だろうから。メリルがニューヨークの溜め息なら、由紀は東京の囁きかも。

 「溶けそうな真夏の夜/凍てそうな冬の夜・・・・」という日本語歌詞(松井由利子)にせよ、由紀のちょっと湿った感情移入ぶりにせよ、すこぶる歌謡曲だ。ジャズの名曲だからといってジャズに近づこうというつもりはまったくうかがえない。

 私はそこがいいし、そここそがこのアルバムの特色だし長所だと思う。

 彼女のオリジナル・ヒット曲「手紙」(作詞なかにし礼、作曲川口真)もこのアルバムに収録されているが、「ユード・ビー・ソー・ナイス」との間に感情表現という点でどれだけ違いがあるというのか。

 ほどよく濡れた情感は、彼女の歌う歌謡曲にもジャズ・ナンバーにも等しく通底するものだ。

 自らの感性がもろ演歌的だということを忘れたかのように、八代亜紀『夜のアルバム』(ユニバ-サルミュージックジャパン)でジャズに接近しようとしたのとは、スタンスが丸っ
切り対照的である。

 そもそも由紀の『スマイル』は、選曲からしてきわめて大胆極まりない。よくぞこんなにさまざまな曲をピックアップしたものだと感心させられる。

 映画主題歌の「第三の男」「スマイル」、ポップスのヒット曲「オ・シャンゼリゼ」「悲しき天使」、ジャズのスタンダード・ナンバー「ムーンライト・セレナーデ」「セプテンバ-・イン・ザ・レイン」・・・・。

 それらすべてを歌謡曲的ムードで巧みにくるんで、さり気なく差し出すその歌いぶりに、私は由紀さおりの見事な芸を見た。

 この人の芸は一見さらりとしているが、いやどうしてしたたかですよ。

 選曲、編曲を含むアルバム全体への目配りに、プロデューサー松尾潔のセンスのよさが光る。松尾は、「第三の男」「スマイル」など歌詞も手掛けているが、いずれも原詞に寄り添いながらさり気なく原詞離れするあたり、詩才もなかなかだ。

 ピンク・マルティーニとの共演盤との比較もしたいところだが、それは機会を改めてー。

由紀さおり新アルバム『スマイル』。
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