(続)建築写真家二川幸夫氏の思い出 | 安倍寧オフィシャルブログ「好奇心をポケットに入れて」Powered by Ameba

(続)建築写真家二川幸夫氏の思い出

 二川幸夫氏は建築物を撮影するにあたって、徹底的に自然光にこだわった。いかなる建物も日光のもと空気に包まれて“生きている”のだから、この執着はきわめて正しい。

 しかし、氏のこのこだわりは暗い室内撮影に際しても揺らぐことがなかった。窓から差し込む外光によって日本の民家の内部がどんなに美しく照り映えるか、それをじゅうぶん知り尽くしていたのだろう。電光なしの暮らしぶりの再現という心づもりもあったかもしれない。

 氏の写真集『日本の民家』の室内写真に目を向けた瞬間、私たちは黒光りする梁や廊下、目の詰んだ畳などの美しさに溜め息をつきたくなる。

 居間の正面に鎮座します大きな仏壇に郷愁を覚える人たちも多いに違いない。

 二川氏の写真集に裏千家の茶室今日庵を題材にしたものがある(淡交社刊)。春夏秋冬で茶室の情景がどう変化するかを追求したため、撮影の苦労は並大抵ではなかったようだ。

 酒席を伴にしたとき、氏はこんな話をしてくれた。
「雪の日の今日庵を撮ろうとするでしょう。いつ降るかわからない。ただその日をじっと待つわけです。やっと降り出したので駆けつけても、どういう瞬間がいちばんいいか判断がつかない。ただただ眺めるだけで一日が終わりなんてこともありました。」

 春夏秋冬それぞれのベスト・ショットを得るには一年ではどうにもならず、何年がかりの仕事になったと、確か聞いた覚えがある。

 二川氏の撮影裏話を知りたい向きには、この写真家の『GA日記』(A.D.A.EDITA Tokyo刊)を薦めたい。1992年から2007年の間の撮影記録で、世界中を駆け巡っての活躍ぶりがひしひしと伝わって来る。各頁に小さいながら3枚も4枚も写真(カラーもある)が入っていて、眺めているだけでも楽しい。

 アメリカ中部での草の香りのするビーフ・ステーキからスペイン西北端の魚料理までおいしいものの話も出て来る。

 撮影と季節感についてはこんな話も披露している。

 「ヨーロッパの都市の街路樹は三月頃から十一月頃までの間、建物をほとんど隠してしまいます。都市によって少しずつその期間は違いますが、パリは三月の何日から新芽が出て、新緑がそろうのは何日頃かといったことについてそれぞれの都市のデータを持っています。問題なのは、すっかり枯れるまでには思ったより長い時間のかかることで、風でも吹かない限り、冬が深まっても葉は落ちないものです。」

 この厚みのある体験と深い観察力にはただ冥黙するしかない。

 二川氏とはニューヨークでいっしょになったこともある。あのときは摩天楼につき、
 「あのビルはフィリップ・ジョンソンの設計でね」
 とかいろいろご教示くださり有難うございました。

 もし私が二川氏と出会っていなかったら、いささかでも建築に興味を持つことなどあり得なかった。フィリップ・ジョンソンという名前にも無縁だったろう。

二川氏の撮影の秘密を知りたい方はご一読を。
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