最近、「アルテス」という音楽雑誌があるのを知った。“ジャンル無用の音楽言論誌”というのが謳い文句である。音楽言論誌とは耳慣れない言葉だが、真意は単に音楽評論を並べただけの雑誌ではありませんよ、もっと斬新で刺激的な内容が詰まっていますよというあたりだと思われる。

 創刊号の2011年秋号では“3.11と音楽”、2号目の12年春号では“アップルと音楽”、3号目の12年秋号では“レコード・録音・記録”という特集が、それぞれ組まれている。なるほど“ジャンル無用”と啖呵を切るだけあって、広く音楽文化を俯瞰するような狙いがうかがえる。

 登場する論客たちも、第1号だけに限っても坂本龍一、ピーター・バラカン、高橋悠治、大友良英と色とりどりだ。

 ジョン・ケージを特集した第4号は出たばかりなので、まだよく読んでいない。

 私が最初に手にしたのは第3号で、第2特集として吉田秀和氏追悼があったからだった。岡田暁生、片山杜秀氏という現在もっとも脂の乗っている気鋭の音楽評論家が大先輩の吉田氏について縦横に語る対談がその目玉である。両氏は、クラシック音楽の世界を一種の帝国、吉田氏をその皇帝に見立てて、氏亡きあとの帝国の将来を次のように予測する。

 「クラシック的世界が消滅するわけではないけれど、でもそれが従来享受してきたメインストリームとしてのある特権性のようなものはだんだん剥がれていく、あるいは他のいろんな音楽ジャンルと等価の一支流になる。」(岡田氏)。
 「生きてる人で吉田秀和になり代わるような存在もいないし、だから、別の人の本が新しくまんなかに置かれることもありえない。そもそも本や出版というものがどうなるかも怪しいわけですし。そういう意味では吉田秀和は最後の人。」(片山氏)。

 吉田氏の一面を語る以下のような発言も興味をそそられる。

 「吉田さんは絶えず新しい演奏家、たとえばラン・ランなんかをひじょうに褒めていた。」(岡田氏)。「最近は若い女性の演奏家にすごく興味があったでしょう。それもあってか、九〇代後半はかなり生き生きとしていらした。」(片山氏)。
 雑誌アルテスの連載物で、私がこれからも間違いなく読み続けるであろうと思われるのは大阪大准教授輪島裕介氏の「カタコト歌謡の近代」である。日本のジャズソング、歌謡曲に見られる舌っ足らずの甘い歌い方、あるいは独特の日本語英語チャンポンの歌詞に焦点を当てた論考で、二村定一、川畑文子、吉田日出子、ディック・ミネ、トニー谷らを次々俎上に載せている。

 3回通して読んで、こんな新しい角度からの日本歌謡史もあったのかと、目から鱗の思いを強くしている。

(ORIGINAL CONFIDENCE 3/21発売号より転載)
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ORIGINAL CONFIDENCEに月1回BIRD’S EYE(鵜の目、鷹の目、安倍の目を魅きつけた音にまつわるエトセトラ)というコラムを書いています。1988年8月以来の長期連載で2009年8月までは月2回でした。私のHPにUPして来ましたが、今はこのブログに転載します。過去の回にご興味の方は本ブログ冒頭の安倍寧Official Web Siteをクリックしていただきたく。

音楽言論誌「アルテス」第1号から第4号まで。
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