民家の素朴な美しさ、二川幸夫展を見る | 安倍寧オフィシャルブログ「好奇心をポケットに入れて」Powered by Ameba

民家の素朴な美しさ、二川幸夫展を見る

 二川幸夫。日本でいちばん名高い建築写真家である。だが、欧米でのほうがもっと有名かもしれない。

 『日本の民家一九五五年 二川幸夫・建築写真の原点』(1月12日~3月24日、パナソニック汐留ミュージアム)は、80歳になって初めて催した二川氏の個展である。だというのに、その会期中の3月5日に亡くなられた。

 80歳にしての初個展、その期間中での死、なんと劇的な死にざまであろうか。

 二川氏は、早稲田大学在学中から全国各地の民家の撮影に没頭し、その成果をまとめた『日本の民家』全10巻(美術出版社)で毎日出版文化賞を受賞する。27歳の若さだった。

 38歳にして自前の出版社A.D.A.EDITA Tokyoを設立し、自分の作品集はすべてそこから世に送り出した。厳しい批評眼で知られ、内外を問わずあまたの建築家から畏敬の念をもって迎えられていた。磯崎新、安藤忠雄氏らとのきわめて深い親交ぶりも有名だった。

 氏の劇的な死はその劇的な一生にふさわしいもののように思える。

 さて肝心の展覧会である。モノクローム、72点、すべてオリジナル・ネガからおこされた新プリントだという。まず会場構成・展示方法(建築家藤本壮介)に目を奪われる。壁に額装して並べるのではなく、全部、額縁なし、天井からワイヤで吊るされている。照明も効果的に使われていた。

 その結果、写された集落、家、室内が平面的でなく立体的に見える。どの写真もモノクロならではの美に輝いている。

 もちろん、一枚一枚の写真そのものが、そのままでも惚れ惚れするほど美しいからこそ、展示の仕掛けによってそれがより光り輝くのだろう。

 若書きという言葉があるように若撮りという言葉が世にあるわけではないが、ここで見られる二川作品はすべて若撮りのはずだ。にもかかわらず老成した写真家の作品のようなずっしりした重みを感じさせる。歴史と伝統が染みついている柱一本、桟一本をしっかり見据えている。

 対象となった民家は、東北から九州南端まで全国津々浦々に及ぶ。京都の蔵造り、岐阜の合掌造りなど土地々々によってフォームが異なる日本のさまざまな民家が網羅されている。

 俯瞰で撮られた屋根の連なり、どっしりした町屋の正面や奥座敷もカメラに収められている。かと思うと井戸、かまどまで。

 二川氏の作品に人影はない。ないけれど、住む人たち、あるいは住んだ人たちの息遣いがどこからか漂って来る気配が明らかにある。

 家を撮りながら、そこには写っていない人まで撮っているところが二川氏の凄さだと改めて感じ入った。

 1950年代、二川氏が撮影したころに比べ、木造、しつくいの民家の数は町場でも田舎でもぐっと減ったことだろう。私たちの暮しが昔のかたちに戻ることはまずあるまい。しかし、ついこの間まで日本人がどんな生活をしていたか、知る必要はあるはずだ。

 そのためにも二川幸夫展を是非!3月24日(日)までと会期も残り少なくなったけれど。

 http://panasonic.co.jp/es/museum/exhibition/13/130112/

二川幸夫展のパンフレットです。
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写真集『日本の民家』1980年版より。
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