現役時代には人気、実力ともに楽壇のトップ・クラスを誇っていたが、今ではそろって老人ホーム暮らしという4人の声楽家が主な登場人物である。イギリス映画『カルテット!人生のオペラハウス』は、高名らしき音楽家の晩年を辛辣かつユーモラスに描いて、大いに楽しませてくれる。

 イギリスにはほんとうに映画の舞台になっているような音楽家専門の老人ホームがあるのかどうか知らないが、この映画が描き出すそこでの生活ぶりは、一見優雅に見えながら、一皮むけばいやどうしてどうして……。エゴイストのかたまりでなくては、そこまで昇り詰めることもなかったであろう人たちだから、肉体、精神ともに衰えが明らかになっても、角突き合わす意欲だけはますます旺盛のようだ。

 題名の『カルテット』は、ヴェルディのオペラ『リゴレット』第3幕の有名な四重唱「美しい恋の乙女よ」に拠っている。経営困難に落ち入っている老人ホームの立て直しのためにガラ・コンサートが計画され、そのトリに往年の名歌手たちによるこの四重唱が登場することになるのだが、現役当時からのプライドや私生活上のいざこざが災いして、万事スムーズに運ばない。

 とくにソプラノとテノールの間には結婚しながらわずか9時間で別れたという過去があると来ている。

 脚本を書いたロナルド・ハーウッドには、名指揮者フルトヴェングラーと彼のナチス協力を徹底的に追求するアメリカ軍将校の葛藤を描いた『テイキングサイド』という戯曲がある。最近、日本でも平幹二朗のフルトヴェングラーで上演されたばかりだ。この脚本家は、音楽家の内面に分け入ることに執心しているのかもしれない。

 ところで、『カルテット』のほうで4人の老歌手を演じるのはイギリスを代表する名優ばかりである。ソプラノ役マギー・スミス(1934年生まれ)、テノール役トム・コートネイ(1937)、バス役ビリー・コノリー(1942)、メゾソプラノ役ポーリーン・コリンズ(1940)とこれ以上ない顔ぶれがそろった。

 しかし、ひとりとしてオペラ歌手ではない。名優が名歌手をどう演じるかがこの映画のひとつの見どころである。4人が4人、年齢を超えた一種の色気を感じさせるあたり、思わず目を凝らさずにいられない。

 もちろんスクリーンからは常に名曲の数々があふれんばかりに響いて来る。オペラが主体で、『椿姫』『トスカ』などのアリアが次々に耳を楽しませてくれる。
テノールのコートネイが学生相手にクラシックを講義すると学生たちがラップを持ち出す場面が、世代間の差異を浮き彫りにし興味深かった。

 監督はあのダスティン・ホフマン。75歳の名優のこれがもちろん監督デビュウ作である。

 http://quartet.gaga.ne.jp

マギー・スミス(左からふたり目)ほか名優たちが、名演技を見せてくれます。
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