森光子さんを偲んでボックスセット『花はいろ人はこころ』(ポニーキャニオン)を聴いている。1995年録音、リリースである。

オリジナル曲10曲、カヴァー10曲。カヴァーが断然いい。なかでも「東京の屋根の下」(作詞:佐伯孝夫、作曲:服部良一)と「人生いろいろ」(作詞:中山大三郎、作曲:浜口庫之助)に心惹かれる。

「東京の屋根の下」では、今は失われてもうない昭和モダニズムを見事に掬い上げている。「銀座は宵のセレナーデ/新宿は花のタンゴ・・・」なんていかにも歌謡曲っぽい歌詞が決して陳腐に響いてこない。男装の森光子で聞いてみたかった(この歌、灰田勝彦のヒット曲ですからね)。

「人生いろいろ」の「女だっていろいろ咲き乱れるの」というくだりには思わずどきりとなった。歌詞の向こう側に森さんの実人生が透けて見えるような気がしたせいか。口語体のさり気ない歌詞をさらりと歌っているが、ちょっぴりはしゃいだ?ような気分が滲み出ていなくもない。

このレコーディングのとき、森さんは75歳のはずである。しかし、老いはまったくない。それどころか、ほどよく若やぎ女の愛らしさも覗かせる。彼女の本性?芸?いや両方だろう。

オリジナルに聴くに足るもなし。10曲中7曲、歌詞を書いている秋元康がプロデュースの主導権をとったと思われるが、どの曲ももうひとつ森さんに寄り添っていないからだ(作曲は都志見隆、萩田光雄、浜圭介ら)

特筆したいのは森光子の歌いぶりが実にリズミカルな点である。思い出すと舞台の演技にもいつもリズムがあった。

そういえば、各紙に載った森光子追悼文のうち、渡辺保氏(演劇評論家)の書いた文章に次のような箇所があり、とりわけ強烈に私の印象に残っている。(読売新聞朝刊11月15日付け)

「私が初めて森光子を見たのは、まだ無名だった彼女が菊田一夫によって芸術座に登場したときだが、その直後に宝塚劇場で有吉佐和子の『浪花どんふぁん』のフィナーレにほんの5分ばかり出た女スリが私には忘れられない。タンカを切ってポンと袖を返す。その間が実にいい。彼女のうまさの一つは、この間の、歯切れのよさにあった。」

間のよさ、歯切れのよさとはすなわちテンポのよさであり、リズム感のよさである。彼女は演技にも歌唱にも通じる歯切れのいいリズム感の持ち主だったということではないだろうか。


75歳でリリースした豪華ボックスセットです。
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ジャケットには森さんがおひいきにしていたヒロ ヤマガタのイラストが使われています。
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