NHKテレビ『SONGS』が雪村いづみ特集を組んだ(11月3日放映)。明らかに佐野元春とのコラボの波及効果である。

 こういう新しい動きがなければ、いくら彼女が戦後の芸能界を代表する大スターであっても、今時、テレビに出演するチャンスは容易に巡って来なかっただろう。

 新曲「トーキョー・シック」は、佐野のプロデュース・作詞・作曲、そして、ふたりのデュエット曲でもある。いづみは、どんな曲を歌っても全力投球型になるが、佐野は、あえてそれをさせず、肩の力を抜いて軽やかに歌にアプローチするよう誘導し、それがとてもうまくいっている。

 シティ・ボーイとシティ・ガールの幸福な出会いというのには、ふたりは年齢を重ね過ぎているかもしれない。それに世代的にも離れている。しかし、その息の合い方と来たら絶妙そのものなのだ。

 ふたりが歌う生まれ立ての新曲を聴きながら、私は、そよ風がさっと頬を撫で過ぎ去っていったようなさわやかな気持を味わった。ダウンロード限定シングルだそうだが、そこから火がつくことを願う。

 番組では雪村いづみのこれまでの歩みを駈け足ながらたどっていた。美空ひばり、江利チエミ、雪村の三人娘が初顔合わせをした映画『ジャンケン娘』(1955年、監督杉江敏男)が回想された場面で、彼女が、
 「ひばりさんは笑い上戸、チエミさんは神経質でした。人は見掛けによらないものなのよ」
 とスターの隠された素顔を語っていたのが興味深かった。確かに表面的には美空は気難しそう、チエミは開けっ広げと見えただけに意外な気がした。

 同じ東宝作品でも商売優先の『ジャンケン娘』とは異る、実験的なミュージカル映画『君も出世ができる』(64年、監督須川栄三)にも、雪村は出演している。ほんの短い場面が紹介されただけだったが、すでに彼女がミュージカル女優として完璧な表現力を身につけていたことが、しっかり確かめられた。彼女にからむフランキー堺など素人まる出しに見えた。

 番組の圧巻は「スワニー」だった。王道をいく歌唱力、堂々たる存在感、全身からあふれ出る愛らしさ、どれをとっても一級品である。またタキシードがよく似合っていた。褒め過ぎを承知でいうが、ジュディ・ガーランドの伝統を継承していると思った。

 こういう彼女が、片方では佐野元春との新曲作りに挑み、軽やかにデュエットまでやってのけてしまう。この芸域の広さはどこから来るのか。1937年生まれと知ると、驚きはますばかりである。

 番組ではアメリカでの苦労なども話題に上っていたが、75歳にして佐野との邂逅があったりするところを見ると、いづみさん、あなたは幸運な人でもあるのですよ。
(ORICON BIZ 11/26発売号より転載)

***********************************************************
ORICON BIZに月1回BIRD’S EYE(鵜の目、鷹の目、安倍の目を魅きつけた音にまつわるエトセトラ)というコラムを書いています。1988年8月以来の長期連載で2009年8月までは月2回でした。私のHPにUPして来ましたが、今はこのブログに転載します。過去の回にご興味の方は本ブログ冒頭の安倍寧Official Web Siteをクリックしていただきたく。