八代亜紀の新アルバム『夜のアルバム』(ユニバーサル)が話題になっている。

「演歌の女王がスウィング!ジャズ・アルバムに初挑戦」(週刊文春)、「八代節ジャズ、アルバム“団塊の世代へ”」(読売新聞)など。その他数知れず。

 私は、NHKラジオに本人が出演し、宣伝にこれ努めている番組もたまたま耳にした。

 なるほど演歌とジャズの衝突は興味をそそるものがある。問題はその成果である。

 私には八代が新境地を拓いたようにも、演歌とジャズがぶつかり合い、なんらかの化学反応を起こしたようにも、残念ながら感じられなかった。

 念のため全12曲書き出しておきますよ。

 フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン
 クライ・ミー・ア・リヴァー
 ジャニー・ギター
 五木の子守唄~いそしぎ
 サマータイム
 枯葉
 スウェイ
 私は泣いています※
 ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー※
 再会※
 ただそれだけのこと※
 虹の彼方に

うち※印4曲がいわゆる歌謡曲である。

 通底するのは、八代が持ち前のハスキー・ヴォイスを生かして囁きかけるように歌い、気だるい雰囲気をかもし出すという手法である。とくに頭の3曲にその特色が色濃く滲み出ている。好みの問題になるが、作りものめいていて、私は素直に溶け込めなかった。

 意表を突いたアイディアということでは「五木の子守唄~いそしぎ」が面白い。読売の記事で八代は、
「雰囲気が似ているということで、小西さんの案。ふるさとに戻れる感じがする」
と語っている。小西さんとは小西康陽さん、このアルバムのプロデューサー、編曲者である。

 このメドレー、「五木の子守唄」についてはさすが八代の本領発揮で説得力がある。しかし、「五木の子守唄」から「いそしぎ」へ、そしてまた「五木の子守唄」に戻る繋ぎの部分にやや唐突さを感じる。片やお座敷唄風民謡、片やハリウッド映画から生まれた超ヒット曲という先入観が邪魔しているのかもしれない。

 「いそしぎ」は難曲である。村尾陸男著『ジャズ詩大全10』(中央アート出版社)から引く。

 「コーラスのメロディはラジオなどでよく流れたものだからよく知られていると思うが、ヴァースはほとんど知られていない。音域は普通だが、難しい音程にメロディが移行すること、後半に高音を長く持続させなければならないこと、歌詞の内容がやや深刻だということから、絶唱型の歌が多く、初心者には難しいかもしれない。」

 村尾さんが聴いたこの歌でヴァースまで歌っているのは、ペリー・コモのものだけだそうだ。八代もコーラスしか歌っていない。そう、それから、私は八代を初心者だといっているのではない。その点、念のため。

 今回、八代が挑戦した楽曲のうち極め付きのジャズ・スタンダード曲は、「サマータイム」と「虹の彼方に」か。ここでもハスキー・ヴォイスと囁きかける唱法が強調される。歯切れのいいリズム感に乗せた都会的な小粋さはないのかと、ないものねだりをしたくなった。

 でももし、あなたが熱烈な八代ファンで、夜のしじまにひとり身をもてあますことでもあれば、このアルバムを是非とも。
(アルバムの中の歌謡曲については改めて論じたいと思います)


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