昭和を代表するミュージカル女優、そしてシャンソン歌手でもあった越路吹雪(1924~80)を素材に、脚本家の高平哲郎氏が歌入り伝記劇に挑戦する。『Chanson de 越路吹雪 ラストダンス』(演出山田和也)である。

 アルファベットに漢字、片仮名交じりの題名はすっきり来るとはいい難いが、大正生まれの日本人にはめずらしくバタ臭い個性の持ち主だった彼女には、ひょっとするとふさわしいのかもしれない。

 シャンソン、ミュージカル主題歌ももちろんぞくぞくするほど聴く私たちの心に響いたが、宝塚歌劇の持ち歌「筏流し」やリサイタルで歌った「宮さん宮さん(トコトンヤレ節)」も、粋なものだった。和魂洋才、和洋チャンポンの越路にはぴったりの表題だという気が段々して来た。

 高平氏は、過去にいちど〝越路劇〟に挑戦したことがある。池畑慎之介主演『越路吹雪物語』(2003~08)である。

 ピーターでもある池畑は、両性具有的特性をフルに生かし、越路が彼に憑依したのではないかと思わせるほど、この不世出の大スターになり切っていた。ただ劇の進行はここぞというときに歌が入るミュージカル的手法はとっていなかった。

 幕切れの日生劇場リサイタルの場面で「サントワマミー」「ラストダンスは私に」「愛の讃歌」など計7曲が集中的に歌われるという構成だったからだ。

 高平氏の語るところによると、今回は越路シャンソンの数々を劇中に組み込み、ミュージカル・ナンバーとして機能させたいという。越路の人生上の転換点となるここぞという場面にはめ込むつもりらしい。

 誰もが知っている既成曲を使って作り上げるミュージカルは、カタログ・ミュージカルと呼ばれる。ABBAのヒット曲を巧みにあしらった『マンマ・ミーア!』がその代表作である。

 カタログ・ミュージカルは、一にかかってはめ込む要所々々とはめ込まれる歌の曲調、歌詞の内容とがどう噛み合うか、その親和性にかかっている。ミュージカルを知り尽くしている高平氏の腕の揮いどころだろう。

 高平氏のドラマとしての狙いは、あの独特の情感を漂わせた越路シャンソンがいかにして誕生したか、その秘密に迫るところにあるとく。そのため岩谷時子さん(越路の生涯のマネージャー、そして作詞家)のほか夫君の内藤法美氏(作曲家・編曲家)、渋谷森久氏(音楽プロデューサー・ディレクター)などゆかりの実在人物も登場させるらしい。

 私は、宝塚時代の越路こそ知らないが、歌劇団在籍のまま出演した帝劇コミックオペラ第1弾『モルガンお雪』(1951年2月)は、この目でしかと見ている。ドレスのすそをひるがえして「ビギン・ザ・ビギン」を歌う姿のあでやかだったこと。以来、主なリサイタル、ミュージカル、映画は全部見て来た。

 それだけにピーターのときそうだったが、今回も越路をメインに据えた劇を見るのが途轍もなく恐ろしい。

 そうそう肝心のことを書き忘れていた。今回、越路役を演じるのは宝塚のずーっとずーっと後輩の瀬奈じゅん。映像はともかく越路の生の舞台は見たことがあるのだろうか。なまじ知らないほうが役にぶつかっていけるということもあろう。
(コミュニティ・マガジン「コモ・レ・バ」2012年秋号より転載)

http://www.lastdance-koshiji.com/


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『Chanson de 越路吹雪 ラストダンス』
東京・日比谷シアタークリエにて12月4日~12月19日
作:岩谷時子/脚本:高平哲郎/演出:山田和也/出演:瀬奈じゅん、斉藤由貴、宇野まり絵、柳家花緑、大澄賢也、別所哲也
料金:9,500円
〔住〕千代田区有楽町1-2-1
〔問〕03-3201-7777(東宝テレザーブ9:30~17:30)