ブロードウェイからのツアー版『シカゴ』(9月16日まで、赤坂ACTシアター)に、米倉涼子が主役のロキシーで出演している。アメリカのカンパニーのなかの唯一の日本人出演者で、当然、科白も英語で喋っている。

 今回のこの『シカゴ』には米倉の凱旋公演という意味合いも含まれている。この7月、ブロードウェイでロングラン中の同公演に、たった1週間8回とはいうものの、ロキシー役で出演したからだ(7月10~16日、アンバサダー劇場)。

 招聘公演のチラシ曰く、
 RYOKO YONEKURA ROCKS ”CHICAGO” ON BROADWAY.
 ホントかね。

 アンバサダー劇場(7月10日)、赤坂ACTシアター(8月30日)両方で米倉ロキシーを“拝む”ことの出来た私としては一言あらずばなるまい。

 米倉は、2007年上演の日本語版からこの作品に出演している。この時からアメリカの演出、振付スタッフによって役作りの段取り、ダンスの細かい動きなどすべて叩き込まれて来た。

 ただ今度という今度は英語の科白である。結果的にかならずしもジャパニーズ・イングリッシュではなかったのは幸いだが、役者同士で科白を通じて火花が散るというふうには見えなかった(聞こえなかった)。

 本人にとっては科白のレッスンを初めとして大変な努力だったと思う。アメリカン・
カンパニーの中にひとりで飛び込んでいった勇気、激しかったであろう稽古をやり通した努力、それは十分に評価する。

 しかし、ブロードウェイの一座で主役を相勤めるからには彼女なりのロキシー像を作り上げなくてはなるまい。残念ながら、とてもとてもそこまでは到達していなかった。

 ロキシーは情夫をピストルで撃ち殺し、夫には莫大な弁護士費用を工面させた上、拘置所では嘘の妊娠を申し立てるという大した女である。憎めない面があってもいいが、色気としたたかさが必須条件である。

 本来、ロキシーは“悪の華”でなくてはならないのに、米倉ロキシーはとってもいい人に見えるんですね。

 そういえば初出演の日本語版のときも悪女の気配はあまり見えなかった。でも伸び伸びと演じていたし、インパクトもあったのに―。私はむしろこの舞台の彼女のほうを買う。

 米倉のブロードウェイ出演についての報道でひとつ気になることがあった。その多くが、『フラワー・ドラム・ソング』(1958)におけるミヨシ・ウメキ(ナンシー梅木)以来の快挙と騒ぎ立てていたことである。でも、このふたつの出演は決して同列に論じてはなるまい。

 『フラワー・ドラム・ソング』におけるナンシーはれっきとしたオリジナル・キャストのなかでの主役である。公演自体は約1年半足らずの短命(計600回)に終わったが、ナンシーは、約1年間主役を張り続けたはずだ。トニー賞主演女優にもノミネートされたし、映画化されたときも主役を演じている。

 1年間出演したあと、一時帰国した彼女に私は会っている。
「同じ役を1年も続けてやるのは結構辛いものよ」
といっていた。

片方の『シカゴ』は1996年からのロングランで、ことし11月で17年目に入るものの、米倉が出演したのはわずか1週間である。これだけ続けば、プロデューサーは十分もとがとれているし、やっているだけ儲けが入って来る。つまり日本人の主演だろうが、なんでもありなのが『シカゴ』の現況なのだ。

 捨て身の挑戦を実行した米倉涼子さん、そのお膳立てをした関係者の皆さん、お疲れさまでしたね。

http://www.chicagothemusical.jp/


この公演、字幕付きです。
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