8~9月、WOWOWで“史上初!黒澤明監督全30作品ハイビジョン一挙上映”というプログラムが進行している。われらが巨匠の作品とじっくり対峠するまたとない機会である。

 とりわけ私にとっては、この8月に『一番美しく』『わが青春に悔なし』『素晴らしき日曜日』の3作を見ることが出来たのは、大いに意味のあることだった。

 『一番美しく』は敗戦一年前の1944年、『わが青春に悔なし』は敗戦の翌年の46年、『素晴らしき日曜日』は戦後2年目の47年に製作されたものだからだ。

 いずれも現代ものなので、戦中戦後の日本の現実、日本人の思考が直接的、間接的に反映されている。当時、日本がどんな情況に置かれていたのかが、手を取るように理解することが出来るのだ。

 『一番美しく』では軍需工場に動員された乙女たちの姿が描き出される。武器の一部として使用されるレンズをせっせと磨く彼女たちのなんと健気なこと。

 工場で働く様子とともに寮での質素な暮らしも目の当たりにすることが出来る。寮と工場との往き帰り、軍歌を歌いつつ行進する有様が、あの時代を見事に映し出している。

 この作品は、明らかに政府、軍の戦意高揚という意図を受けて作られたものだろう。しかし、黒澤はそれに柔順に従っているわけではない。戦争の荒波にもまれあがく若い女性たちの日常が、過不足なくフィルムに収められているのだ。

 情緒に溺れることなく現実を見詰める黒澤流リアリズムが画面にあふれ出ているので、目が釘付けになった。

 少女たちのリーダー格渡辺ツルを演じる矢口陽子はのちの黒澤夫人である。ふたりの結婚は映画の作られた翌年、すなわち敗戦の年の昭和20年5月だという。

 見終わって『一番美しく』という題名はなにを意味するのか、私なりに考えを巡らせた。戦争という苛烈な状況下でも、青春の真っ只中にある乙女たちは“一番美しく”輝いているという意味なのか?

 他の2作、『わが青春に悔なし』『素晴らしき日曜日』については、回を改めて語りたい。



WOWOWの「マンスリー・プログラム・ガイド」8月号より。
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