次々と繰り出されるシナトラの名唱に乗って、ショウの中核を担う男女4名ずつのダンサーたちが、デュエット中心に美しくあでやかなダンスを披露する。

 そのダンスは優雅というよりセクシーで、アクロバティックかつスリリングでもある。

 この8名、ブロードウェイ・ショウのツアー・カンパニー出演者としては、歌、演技はわからないが、ダンスに限っていえば、水準の高いほうに入る。そのなかのひとりマシュー・ストックウェル・ディブルは英国ロイヤル・バレエ出身で、このショウのブロードウェイ・オリジナル・キャストのひとりでもある。

 プロットレス、すなわち特別な筋書きはない。とあるナイトクラブを背景にした客、店の人々が織りなす恋模様が描かれるのみである。その内容は、表題の『Come Fly Away』にほのめかされている通り、というか。

 ちなみにこの題名はフランク・シナトラの胸打つ名唱「Come Fly With Me」のもじりか。サミー・カーンの書いた詞には「Let’s fly away、、、、」という歌詞が出て来る。

 特定の場所を背景にした人々の出入り、恋さまざまを描くことを、よく知られているようにグランド・ホテル型式という。映画史上燦然と輝く名作『グランド・ホテル』(1933)にちなんでのことだ。

 映画を基にしてブロードウェイ・ミュージカル(1989)も作られた。そのなかにあった「People come, people go、、、、」という科白が忘れられない。

 『カム・フライ・アウェイ』は、主題は同じでも映画『グランド・ホテル』にもその舞台版にも遠く及ばない。人生の真実も恋の内面も少しも伝えていないからだ。

 このショウの作り手(すなわち振付・演出)トワイラ・サープには、ビリー・ジョエルの楽曲をベースにした『ムーヴィン・アウト』(2002)という秀作がある。ヴェトナム戦争が、いかにアメリカの若者の胸深く痛ましい傷を残したかが、生々しく描き出されていた。

 トワイラは、『ムーヴィン・アウト』ではビリー・ジョエル本人お墨付きのそっくりさん(容貌ではなく、もちろん声、歌)を捜し出して来て生で歌わせた。その効果は満点というほかなかった。

 しかし、二十世紀最大のエンターテイナー、フランク・シナトラのそっくりさんはいないでしょう。まさか、後継者のひとりハリー・コニック・ジュニアを引っ張り出すわけにはいかないし。

 そんなわけで過去の録音からシナトラの声だけ抽出し、生のオーケストラが伴奏するという手法をとっている。

 「ラック・ビー・ア・レディ」「ニューヨーク、ニューヨーク」「マイ・ウェイ」、、、、、
シナトラの懐かしい歌声が出て来るわ、出て来るわ。ただし、出て来る分だけ、ますますシナトラの不在感が色濃く漂って来てしまう。

 もちろん私はシナトラを天国から連れ戻せなんて無理難題は申しませんがね。

 でもね、ステージに乗っかっていたビック・バンドの生演奏はnot badでしたよ。サウンドは適度に重厚、スウィング感もほどほどあった。サキソフォンのバトルがなかなか聴かせたし。

 実はトワイラ・サープには『シナトラ組曲』という名作がある。ミハイル・バリシニコフのために作った短尺ながら超傑作である。バリシニコフがプレイボーイの愉悦と孤独を過不足なく表現し、見事というほかなかった(映像あり、『Baryshinikov Dances Sinatra』)。

 今回のダンス・ミュージカルでは、トワイラ・サープの才気はどこかへfly awayしてしまったのだろうか?

http://www.bunkamura.co.jp/orchard/lineup/12_cfa/index.html





楽しそうなナイトクラブの一光景。
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汗だくのデュエットです。
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熱のこもったバンド演奏。
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