渋谷に東急シアターオーブが開場し、こけら落とし公演『ウエスト・サイド・ストーリー』が上演中である(7月25、27日UP分をご覧ください)。

 それにちなんで、こけら落としの話題をいくつかとり上げてみる。

 こけらは杮と書く。かきの柿とよく似ているが一画少ない。PCの印字では違いがはっきりわからないかもしれないので、辞書でよくお確かめを。

 広辞苑第六版によると、こけらは「木材を削るときできる木の細片」、こけら落としは「(工事の最後に屋根などの木屑を払い落したところから)新築劇場の初興行」をそれぞれ意味すると説明されている。

 私の観劇人生でもっとも強烈な思い出となっているこけら落としは、日生劇場開場を飾ったベルリン・ドイツ・オペラ『フィデリオ』だろうか。初日は1963年10月20日。今から約50年前の出来事である。

 今ではソロ歌手、指揮者、オーケストラ、合唱団ひっくるめての外国オペラの引っ越し公演は、めずらしいことではなくなったが、この公演までは前例がなかった。

 ベルリン・ドイツ・オペラの丸ごと招聘を同劇場のこけら落としに提案されたのは、過日亡くなられた音楽評論家吉田秀和先生だった。

 ベートーヴェン唯一のオペラ『フィデリオ』は、政治犯の夫が妻の努力によって監獄から救い出される物語である。サブストーリーの監守の娘と門番の恋もめでたく成就する。ラストは大合唱「このよき日に」である。誠にこけら落としにふさわしい演目だった。

 だが、二番目の演目が題名からして不吉だった。花田清輝の新作『ものみな歌でおわる』。先代水谷八重子が歌舞伎の元祖、出雲のおくにを演じたのだが、新劇場に“おわる”はよろしくない。そのせいか、それ以降、日生は多くの試行錯誤を続けた。

 銀座セゾン劇場(現ルテアトル銀座)は、1987年3月2日、ピーター・ブルック演出による『カルメンの悲劇』で開場した。同じ年の9月には三島由紀夫作『朱雀家の滅亡』も上演されている。

 なにゆえ、こけら落としの年に、「悲劇」だ「滅亡」だと縁起の悪い文字が躍る演目を選んだのか?

 「朱雀家の滅亡」は、なぜか池袋あうるすぽっとのこけら落とし(2007年12月4日初日)でもとり上げられている。

 渋谷名物となった西武劇場(現PARCO劇場)は、1973年5月27日開場。『MUSIC TODAY/今日の音楽』(企画・構成・監修武満徹、高橋悠治)という現代音楽中心のイヴェントだった。演劇第1号は翌6月の安部公房作・演出『愛の眼鏡は色ガラス』。

 オーナー堤清二氏の好みを反映してか、武満、高橋、安部と前衛芸術家オンパレードなのが改めて興味深い。

 これからのこけら落としでもっとも注目したいのは、やはり2013年春竣工予定の歌舞伎座とその演目でしょうか。

 いや、その前にシアターオーブ開場第2弾、エルヴィス・プレスリーの実話に基づく『ミリオンダラー・カルテット』を無視してはなるまい。


東急シアターオーブHP:http://theatre-orb.com/lineup/02/
歌舞伎座HP:http://www.kabuki-za.co.jp/


シアターオーブこけら落とし初日のにぎわい。
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同劇場『ウエスト・サイド・ストーリー』より、
シャーク団の切れ味のいいダンスです。

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Photo:(C)下坂敦俊