去る6月22日の当ブログで、映画『クレイジーホース・パリ 夜の宝石たち』を取り上げました。このドキュメンタリー映画の対象となったパリの「クレイジーホース」にはなんども足を運んでいて、この店について新聞にコラムを書いたこともあります。

 この店のなりたちをお知りになりたい方には参考になるかもしれません。ただし、今回の映画で大活躍を見せている演出家フィリップ・ドゥクフレが登用される以前に書かれたものです。

 ドゥクフレの新しいショウ『DESIR』は、私も見ていますが、この店の遺産を踏まえつつ新感覚も盛り込み、古き皮袋に新しき酒を盛るとはこういうことなんだなあと思わず納得してしまいました。

 以下、私のアーカイヴからの文章です(2004年9月25日、中日新聞。KKベストセラー刊 拙著『喝采がきこえてくる』所収)。



 この8月、パリを訪れた際、十年ぶりにジョルジュV通り12番地の「クレイジーホース」を覗いてみた。この店(あるいは小劇場というべきか)は、1951年開場以来、パリの夜の最先端を歩み続けてきた“裸体芸術”の殿堂である。

 創業者アラン・ベルナルダンは、無名の若き画家兼古美術商だったが、ジャスパー・ジョーンズらのネオダダイズム、アンディ・ウォーホールらのポップアートの信奉者でもあった。

 このふたつは、第二次大戦後、アメリカでもてはやされた美術界の二大潮流である。アランは“パリのアメリカ人”ならぬアメリカ好きの“巴里野郎”だったわけだ。そういえば今もってここのショウでは、ジャズやカントリー&ウエスタンの曲がしきりに流れる。
 私の見るところプロデューサーで演出家の彼がなし遂げたことは、ふたつある。容姿とも美しいが、どこか無機質な美女群を集めたこと(北欧出身者が多いと聞く)、彼女らの裸体をスクリーンに見立て一種のオプティカル・アートを創造したことである。

 確かにアランの“光の魔術師”としての才能には目を見張らせるものがあった。
 私はパリが大好きで、一年もいかないと禁断症状を起こす。初めて訪れたのは1965年7月だが、出発前、小澤征爾にその旨を伝えると、
「クレイジーホースという店がある。オーナーのベルナルダンに俺と白洲の名前を出したら、一杯飲ませてくれるよ」
 と教えてくれた。白洲とは、のちに東宝東和社長となる白洲和正氏(現在すでに引退)のことである。若いころふたりはこの街でつるんで遊び回っていたらしい。

 半信半疑ながら店をたずねた私は、入口で図々しくもアランを呼び出し、
「オザワとシラスの友人だ」
 と告げたら、ほんとうにシャンパンを御馳走してくれ、一銭もとらなかった。白洲氏はもと画学生だし、アランには三人とも芸術家仲間だという意識があったのかもしれない。

 この初回も入れて私は、クレイジーホースの舞台を過去三回見ている。いつもその斬新さにめくるめく思いをしてきたが、こんどだけは大いに失望した。演出に切れ味がないし、ダンサーたちの輝きも薄れた。往年の前衛性が色褪せて見えること自体、ショウの世界の移ろいやすさを端的に示しているように思えた。
 たとえばショウ演出家ということで、アランとフランク・ドラゴン(「シルク・ドゥ・ソレイユ」)とくらべてみたらどうだろう。アランの舞台は小ぶり、フランクのそれは大がかりという違いはあるにせよ、後者の演出力のほうが圧倒的に今を感じさせる魅力にあふれている。

 実をいうと偉大だったアラン・ベルナルダンは、76年、この世を去っていてすでにいない。しかしショウは全盛期(60~80年代)そのままの型式を踏襲している。“教祖”不在が、ショウの輝きを喪失させた一因かもしれない。
 アランの死後、クレイジーホースを引き継いだのは、三人の子どもたちディディエ、ソフィー、パスカルである。創業者は、
「われらが船は永遠にジョルジュVに碇泊し続ける」
 と宣言してはばからなかったが、2001年、二代目たちはラスヴェガス進出を果たした。見たい客はパリまでこいという経営方針の一八〇度転換である。ホームページでは次は東京、すでに準備を始めたと公表している。

 クレイジーホースというブランド力がどこまで通用するのか、これからが勝負時にちがいない。(2004.9.25)

(単行本収録時の追記)06年4月19日付け朝日新聞の記事「パリの夜経営交代劇」(冨永格パリ支局長)によると、その後「クレイジーホースは05年7月、全株式をベルギーの投資家2人に譲渡した」「3月には現場を仕切る副社長に米仏国籍を持つアンドレ・デセンベルグ氏を迎えた。日本でも人気のサーカス『シルク・ドゥ・ソレイユ』の広報を担当していたやりて女性」といった一連の動きが起こったようだ。デセンベルク曰く「この店は中身の詰まった宝石箱。ホコリを払えば輝く」


写真に説明は要りませんよね。
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この本に「クレイジーホース」についてのコラムが収められています。
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『クレイジーホース・パリ 夜の宝石たち』
6月30日(土)より、Bunkamuraル・シネマほか順次公開
http://www.crazyhorse-movie.jp

監督:フレデリック・ワイズマン(『パリ・オペラ座のすべて』)   
原題:CRAZY HORSE
出演:フィリップ・ドゥクフレ、クレイジーホースダンサーたち 他
2011/フランス・アメリカ/35mm/カラー/ビスタサイズ/SRD/134分
配給:ショウゲート
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