由紀さおり、ピンク・マルティーニ共演の話題のアルバム『1969』(EMIミュージック・ジャパン)に、「わすれたいのにI love how you love me」という曲が収められている。

 61年、アメリカでパリス・シスターズが歌い話題になった。ボビー・ヴィントンのカヴァーで知る人も多いだろう。69年、日本ではモコ・ビーバー・オリーブがエキスプレス・レーベルからリリースしている。というわけで69年繋がりでこのアルバムに入っていてもおかしくない。

 去る4月4日、帝国ホテルでおこなわれた岩谷時子賞授賞式に続く懇親パーティでのこと。朝妻一郎さん(フジパシフィック音楽出版会長)が受賞者の由紀さおりに、「アルバムに『わすれたいのに』を入れていただき有難うございます』」
 と鄭重な挨拶をしていたのが、私の目に留まった。

 朝妻さん自身、「わすれたいのに」のそもそもの仕掛人だった。
 「出した年もレーベルも由紀さんの『夜明けのスキャット』と同じでしょ。全部、由紀さんに持っていかれてしまって、、、、」
 私の記憶では「わすれたいのに」もそこそこの話題曲だったと思うが、「夜明けのスキャット」の怒涛の勢いには確かにかなわなかったろう。とくに同じレーベルだと、勢いのあるほうに宣伝費の大半が流れてしまうなど、抗しがたいふしもあったにちがいない。

 実はこの曲には朝妻さんが考えたちょっとした工夫がなされていた。もとのアメリカの曲はあつあつの恋の歌である。あなたの愛してくれ方、それがたまらなく好きなのよという熱烈な歌詞が綴られている。なのに日本の曲のほうは、あなたのことは忘れてしまいたいのよという失恋とあきらめの歌にすり替えてしまっているのだ。

 朝妻さんの頭には、66年の朝丘雪路のヒット曲「ふり向いてもくれない」があり、作詞の奥山イ光伸さんにあの線で、、、、と依頼したということだ。

 もともとのアメリカン・ポップスは、相手の男にめろめろの恋の歌だった、それに未練たらたらの日本語の歌詞をつける―まさに逆転発想でこれぞプロデューサーのひらめきというものだ。朝妻さんは、真逆の内容のほうが日本ではヒットすると踏んだのだろう。

 オリジナルの「わすれたいのに」を歌ったモコ・ビーバ・オリーブでは別称パンチガール、ニッポン放送『ザ・パンチ・パンチ・パンチ』のパーソナリティーとして人気が高かった。セクシー・ヴォイスでちょっとした際どい話題にも踏み込み、男性リスナーの心を揺さぶったのもだった。

 『ザ・パンチ・パンチ・パンチ』のスポンサーは、60年代サブカルチャーのフラッグシップだった平凡パンチ(出版元は現マガジンハウスの平凡出版)。すべてのルーツはこの雑誌ということになる。

 話はそれたが、由紀さおりの「夜明けのスキャット」に押され劣勢だった「わすれたいのに」が、42年後、因縁(怨念?)の由紀にカヴァーされるとは運命のいたずらかもしれない。

 同じ曲でもモコ・ビーバ・オリーブでは洋、由紀は和のテイストか?



左より、EMI市井三衛社長、朝妻氏、由紀、安倍
岩谷時子賞パーティーにて。

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