アメリカ人はなにかあると国旗を掲げる。オフィスビルにも個人住宅にも。車のポールにまで小旗をつける。とくに9・11直後からしばらくの間は、そんな光景を目にすることが多かったように思う。

 ブルース・スプリングスティーンの新アルバム『レッキング・ボール』第1曲「ウィ・テイク・ケア・オブ・アワー・オウン」には、次のようなリフレインがしつこいくらい何度も出て来る。

 ♬ We take care of our own / Wherever this flag’s flown ……。どこに星条旗がひるがえっていようと、自分のことは自分で始末するんだ……という決意表明か。

 星条旗に象徴されるアメリカ国家からの離脱を宣言していると受けとれる。激しいドラムソロに始まり、すぐにスプリングスティーンの逞しく、野太い声が響いて来て、私たちの胸を鷲づかみにする。

 かつてスプリングスティーンが、「ボーン・イン・ザ・USA」を世に問うたとき、愛国者の叫びだと思い違いする人たちが日米両方にいたようだ。ベトコンを撃ち殺すために戦地に送り込まれた若者が主人公だというのに……。
 レーガン大統領が選挙運動に使ったからでもあるが、あれは誰か知恵者がいて反共和党支持層をとり込むための巧妙な作戦ではなかったのか。

 今回の新アルバムの楽曲は、「ボーン・イン・ザ・USA」に劣らないアメリカの政治・経済・社会に対するプロテスト・ソングばかりである。冒頭の「ウィ・テイク・ケア~」にしてからが ♬ 俺の手、俺の魂を解放してくれる仕事はどこにある……(三浦久訳)と歌っているのだから。

 私は、日ごろはロックを聴かない旧世代である。しかし、このアルバムには強く惹かれるものを感じた。これでもかこれでもかと異議申し立てを書き連ねる強烈な歌詞、それにふさわしい野生味にあふれる音楽、単に激しいだけではなく優しさと暖かみにあふれる歌いぶりに、完全にノックアウトされてしまったのだ。

 大地にすっくと立ち、握り締めた拳を天に突き上げ、声を限りにノーと叫ぶ彼の姿が目に浮かぶ。

 いや決してスプリングスティーンは無闇に絶叫しているわけではない。賛同者を得るべくじっくり呼び掛ける風情さえ読みとれる。その最たるものが、♬お前の鉄球を下してみろ……と過激な歌詞で格差社会を告発する「レッキング・ボール」ではなかろうか。

 音楽的にはカントリー&ウェスタン、ゴスペル、アイルランド民謡などさまざまな要素が加味されている。その工夫がなんと多彩で巧妙なことだろう。念のために過去のアルバムもいくつか聴いてみたが、今回の円熟味の比ではない。(ORICON BIZ 3/26号より転載)



アルバム『レッキング・ボール』。
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