ホイットニー・ヒューストンの突然の死は、グラミー賞直前だっただけに衝撃がすこぶる大きかった。しかも彼女は、育ての親のクライヴ・デイヴィス(もとアリスタ・レコード社長)のパーティーに出席するつもりで、ビヴァリーヒルズに来ていたというのだから。

 クライヴのパーティーは、グラミー賞関連ではいちばん盛り上がると聞いている。集まる顔ぶれも群を抜いているようだ。米ショウ・ビズ業界お偉方で「あんたもいっぺん潜らせてもらうといいよ」なんてすすめてくれた人が何人もいる。

 ホイットニーの宿泊先は、ビヴァリー・ヒルトンだと聞いている。彼女の事故死の報道を知って、多くの人たちが、主演映画『ボディガード』(1992)を思い出しただろうが、劇中のホテル場面はこのホテルでロケされたか、少なくともここを多分に意識して撮影されていると思う。

 ちらっと映るホテルの全景は明らかにビヴァリー・ヒルトンである。もし私のこの推測が当たっているとしたら、ここでの彼女の死は偶然というより運命的符合を感じさせなくもない。

 そもそも『ボディガード』はアカデミー賞授賞式に出席するつもりでロサンゼルスにやって来たスターが、暗殺の危機にさらされるというお話ですからね。

 もうひとつホイットニー関連の話を―。

 松尾潔さんがホイットニー・ヒューストン『そよ風の贈りもの~25周年記念盤』」(ソニー・ミュージックエンタテインメント)のために書いたライナーノーツから。

 あるとき松尾さんがなじみのソウルバーで店主に40代男性を紹介されたところ、彼が話しかけてきた。

 “松尾さんが作ったEXILEの「Ti Amo」の歌詞はやっぱりホイットニーの「すべてをあなたに」へのオマージュですか?”
 オマージュ、という表現に虚を衝かれたが、私がより大きな興味を抱いたのは、そこに挙がった曲名「すべてをあなたに」のほうだった。

 松尾さんは次のように続けている。少し長くなるけれど、松尾さんの言いたいことが伝わりやすいと思うので、そっくり引用します。

 実際のところ、アダルタリーをテーマにした「Ti Amo」について創作のインスピレーションになった何かがあるとしても、それは特定の楽曲ではない。しいて言えば、ルーサー・イングラム「(If Loving You is Wrong)I Don’t Want To Be Right」やクインシー・ジョーンズ「I’m Gonna Miss You In The Morning」、ビリー・ポール「Me And Mrs. Jones」、シャーリー・ブラウン「Woman To Woman」といった数多の不倫ソウル古典を好んで聴きつづけてきた個人的体験だろうか。
 この種のソウル系譜に位置するのが「すべてをあなたに」なのである。先に述べた4曲はすべて1970年代につくられた作品だが、実は「すべてをあなたに」も元は夫婦デュオ、マリリン・マックー&ビリー・デイヴィス・ジュニアが1978年に発表したアルバムにひっそりと収められていたものだ(実質的にはマックーのソロ楽曲だが)。
それをホイットニーがデビュー・アルバムで取り上げて見事に蘇生させた。以来、最も売れた不倫ソウルとして評価が定まったというわけだ。先に引用したソウルバーでのセリフは、その評価の表れのひとつだろう。

 ホイットニーの「すべてをあなたに」は原題「Saving All My Love For You」。EXILEの「Ti Amo」は作詞松尾潔、作曲松尾潔、中村仁。もちろんプロデューサーは松尾さん。2008年度、第50回日本レコード大賞受賞曲でもある。

 この曲を制作するに当たっての松尾さんのポイントは、明らかにadulteryにある。「数多の不倫ソウル古典を好んで聴き続けてきた個人的体験だろうか」というくだりに目が釘づけになった。

 ヒット曲誕生秘話として興味深いし、創作の秘密をさぐる手掛かりにもなると思うので、いつか、そこをピンポイントに掘り起こしてみたい。
そのためには、まずEXILEとホイットニーのふたつの曲を徹底的に聴きくらべなくては。



CD、DVD2枚組の『そよ風の贈りもの』~25周年記念盤。
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