文壇の大御所、丸谷才一先生の文化勲章受賞をお祝いする会が、12月1日、帝国ホテルで開かれた。

 祝辞のトップバッターは作家の池澤夏樹氏。丸谷さんは単なる小説家ではなく、文芸評論家、エッセイスト、英文学者、書評家、更に詩人といくつもの顔を持つという。

 丸谷さんって詩作もするのかと首をひねったが、確かに大岡信氏(詩人)、岡野弘彦氏(歌人)としばしば歌仙を巻いておられる(集英社刊『すばる歌仙』他)。なるほど詩人と呼んでもおかしくない。

 池澤さんは、ギリシャかと思うとフランス、沖縄だったり、常に東京から離れ暮らして来た。

 「私は遠心的な人間ですが、丸谷さんは、ひたすら故郷鶴岡から都を目指して歩んで来られた。といっても都とは東京ではありません。平安京です。」

 丸谷さんが『源氏物語』に通暁していること、代表作『輝く日の宮』の主人公が美人の源氏研究家であること、王朝和歌に造詣が深いことなどを踏まえての平安京である。

 目指す都は平安京か―、一瞬にして時空を超えたひとことに思わず唸ってしまった。

 続いて吉田秀和氏。98歳にして現役音楽評論家。カクシャクたるもので、スピーチの声もよく通った。

 「小説は百人が読めば百通りの物語が生まれる。私が丸谷さんの最新作『持ち重りする薔薇の花』を読んで感じた物語はこれです。」

 突然、会場にピアノ曲が流れ出したが、誰が弾く何の曲なのか、私のような日頃不勉強の人間にはさっぱりわからない。

 吉田先生自身、丸谷さんの小説とこの楽曲がどう相通じるのか、ひとこともおっしゃらない。

 20分は続いただろうか。参会者の多くは、立ったまま狐につままれたような気持ちで耳を傾けたのではなかろうか。

 このあと突然の指名にもかかわらず、小澤征爾さんが、マイクの前に立った。

 「さっき、吉田先生がかかけられたピアニスト、なんて云ったっけ、ほらカナダのグレン・なんとか、、、、」

 このひとことでやっと私は、グレン・グールドだとわかったのだが、マエストロ・オザワは曲目には触れず話を続ける。

 「ぼくは、桐朋学園のころ、吉田先生や丸谷さんに習ったのですが、吉田先生の話は難しくてよくわからないことが多かった。ぼくが今もって英語が駄目なのは、丸谷先生のせいだと思います。」

 なんと丸谷さんの授業のテキストは、ジェームズ・ジョイスの『ダブリン市民』だったという。ジョイスはそもそもアイルランドの作家である。マエストロの英語にはアイルランド的云い回しが残ってたりして、、、、、。

 しばし歓談の時間となったおり、ヴェテラン舞台照明家吉井澄雄氏と言葉を交わす。吉井氏は大のクラシック通なので、さり気なくこうつぶやいた。

 「やあ、『ゴールドベルク』を聴かされるとはねぇ」

 これでやっと浅学非才の私は胸のつかえがすとんと落ちた。そうかグレン・グールド演奏のバッハ『ゴールドベルク変奏曲』の一部だったのか、と。

 しかし、それにしても、なぜ吉田先生にとって丸谷さんの『持ち重りする薔薇の花』が『ゴールドベルク』なのかという謎は、解けたわけではない。

 私は、今、永遠の宿題を抱えた中学生?のような気持ちでいる。



丸谷才一先生とは1952-3年から親しくさせていただいている。
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スピーチをする吉田秀和先生。
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マエストロ・オザワとは1962年以来の親交がある。
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