1969年ってこんな年だった | 安倍寧オフィシャルブログ「好奇心をポケットに入れて」Powered by Ameba

1969年ってこんな年だった

 前回、紹介した通り、『由紀さおり&ピンク・マルティーニ1969』は、「夜明けのスキャット」ほか69年のヒット曲中心に構成されている。

 このアルバムのノスタルジックな雰囲気に浸りながら、1969年とはどんな年だったのか、ちょっと気になったので、「現代風俗史年表」(河出書房新社)という年代記を引っ張り出し、チェックしてみた。

 全共闘の学生により占拠されていた東大安田講堂、特別機動隊の突入により落城。

 <愛と平和>をスローガンにしたウッドストック・アート&ミュージック・フェアに40万人の聴衆集まる。

 アメリカ宇宙船<アポロ11号>、月面着陸に成功。

 テレビ番組では「巨泉・前武ゲバゲバ90分」(日本テレビ)、ザ・ドリフターズの「8時だよ!全員集合」(TBSテレビ)などが人気を集めた。

 一方、NHKテレビの大河ドラマは、武田信玄(石坂浩二)、上杉謙信(高橋幸治)の激突を描いた「天と地と」だったが、「コント55号!裏番組をブッ飛ばせ!!」(日本テレビ)に文字通りブッ飛ばされ、揮わなかった。

 この年の7月、由紀さおりは、デビュー曲に次ぐ2曲目の「天使のスキャット」を携え、アテネ音楽祭に参加している。

 「夜明けのスキャット」「天使のスキャット」の作曲家いずみたく氏、日本代表審査員服部良一氏、由紀本人とともに、実は私もジャーナリスト代表としてアテネを訪れている。

 会場は野外のコロシアム。空には満点の星が輝き、アドリア海からの涼風が頬を撫でた。

 あの時、由紀はなにか賞を獲れたのか、記憶にない。

 帰途、ロンドンに立ち寄り、いずみたくといっしょにミュージカル『ヘア』を見た。ヒッピー文化花盛りの時代だった。



この年代記で、1969年の事柄を調べました。
安倍寧オフィシャルブログ「好奇心をポケットに入れて」Powered by Ameba