『上海バンスキング』のバンスはアドヴァンス(advance=前借り金)のことで、ジャズメンの世界の隠語である。

 戦前、戦中、上海のダンスホールで活躍した日本のジャズメンたちは、誰も彼もが酒と女と博打でスッカラカンとなり、バンスに明け暮れていた。

 バンスキングすなわち借金王。この国産ミュージカルの主人公は、トランペット奏者として名を馳せた南里文雄がモデルといわれる。

 『上海バンスキング』の劇作家、斎藤憐さんが、10月12日、亡くなった。享年70歳。

 『バンスキング』は、公演のたびに見て来たが、やはり初演が忘れられない。1979年、六本木のオンシアター自由劇場という100人も入るか入らないかの小劇場での上演だった。

 その小劇場は六本木通りに面した硝子屋の地下にあった。硝子屋は今もあるが、劇場はとうにない。

 斎藤氏は、昭和のモダニズム(それも戦前・戦中・戦後を通して)にこだわって劇作を続けた人である。モダニズムといっても表面的な明るい部分だけではなく、裏側の暗い部分も含めてだった。

 彼が題材にしたのが南里文雄、西條八十、新宿ムーランルージュ、占領軍が接収したアーニー・パイル劇場(東京宝塚劇場)だということを見れば、明らかだろう。

 劇団民藝が上演してきた『グレイクリスマス』という戯曲がある。敗戦で米軍にお屋敷を召し上げられた旧伯爵家の物語である。

 クリスマスにつけられた形容詞がホワイトではなくグレイなのを見れば、作者が書きたかったことがなにか、おのずと知れようというものだ。

 本人からして暗くシャイな人という印象が、遠くから見ていて強かった。

 井上ひさし、つかこうへい、そして斎藤憐が逝き、劇作家の層がどんどん薄くなっていく……。


『上海バンスキング』オリジナル・キャストLPです。
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