『島名村郷土誌』(つくば市政展望-453) | 安部南牛 | 朝鮮文化資料室

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島名村役場で横田内蔵之亟村長の下で村政に関わった鯉渕五郎右衛門の残した資料は注目に値した。その散逸が心配された時、つくば市の木村操助役は一部刊行を支援する。

木村操編纂で1992年秋に刊行された『島名村郷土誌』は非売品であった。だが、この本を刊行した勢いで木村操氏は市長選へ立候補する。

木村操家は島名六軒党の五番目に位置する家である。平将門没落後、島名の台地は荒れて行く。数百年経過して、小田城が佐竹氏に落とされ、小田の残党は逃散する。島名六軒党とは小田氏の落ち武者の一族郎党と見られて来た。

沼尻民平町長の再選阻止に立ち上がった木村操氏に、沼尻民平町長を支援する渡辺派は、その歴史を突いた。「名門名門と木村操氏は家の歴史を誇るが、六軒党の五番目で、門も無いではないか」と、突いたのである。平将門以来の歴史、徳川300年の歴史が選挙で争われる、町長選挙であった。

木村操氏は、この時の渡辺派からの文書攻撃がこたえる。市長選挙出馬前に、先ず「郷土の歴史」を出す事で対応する。そして次に長屋門を建てた。