作品が書けなくなったわけ(金達壽とは-24) | 安部南牛 | 朝鮮文化資料室

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訪韓以後、作品が書けなくなった事に関して、金達壽の死後だったか?金石範が厳しく批判している。『玄海灘』を書き、続編の『太白山脈』を書き、続きは現地を見ないと書けないと言いながらも、訪韓以後に書けなくなった点に厳しい目を向けている。

還暦を迎え、故郷が懐かしくて、懐かしくて故郷を再訪する。81年の訪韓以後、喜寿を迎えてからだったか、病死する。その間、充分に時間がありながら続編『洛東江』を書けずに死没している。

昨夜、金達壽の夢を見た。贅沢な夢であった。

南牛は金達壽が『洛東江』を書けなかった理由について、金石範の指摘とは異なる見解を持っている。むろん、安宇植は「俺が『南部軍』を翻訳したからだ」と嘯いていた。金達壽が書こうとした『洛東江』は、そのテーマに舞台も『南部軍』と重なっている。だから、金達壽が今更『洛東江』を書いても訴えるものが無かろうと言うのだった。

昨夜の夢の中で金達壽は言った。「アベケイが離反したので書けなくなった」、この夢の中の金達壽の言葉の意味は深い。

『洛東江』執筆の準備で、取材を手伝っていた事を金石範は知らない。