松田賢弥『無情の宰相 小泉純一郎』(朝鮮研究-154) | 安部南牛 | 朝鮮文化資料室

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小泉家のタブーとあるから関東一のヤクザ組織の小泉組のことが書かれているのだろうか?と思ったら記述がなかった。

ヤクザ組織とは西南戦争で軍が組織し、昭和20年の敗戦まで存在した帝国陸海軍と共に存在していた。軍の補助組織であった。敗戦以降に造られていった暴力団とは違う。山口組の三代目はヤクザ組織の山口組に入り、GHQの圧力でヤクザ組織が解散に追い込まれた後、その再建に努力したが敵わなかった。

小泉組三代目組長は、GHQの方針に忠実に従い、政治家へ転身する。岸内閣で防衛庁長官に就くと、「若、若」と在日が擦り寄ってくる。彼ら在日の運動家の意見を入れて、いわゆる「帰国運動」を助ける。在日の運動家に多い日大卒という学歴は、若に準じて日大へ学んだからだ。

『ある在日朝鮮人の記録』で知られる張斗植も日大卒で、よく南牛に自慢した。

「トラック島の飛行場は俺が作った」

家永三郎が岩波書店から『太平洋戦争』を刊行している。その著作は張斗植の著作を引用することから書き始めている。張斗植の家は小泉邸の側近くに建てられていた。

小泉組二代目組長は慶尚南道鎮海の周辺から人夫を集めた。張斗植の朝鮮の生家は鎮海の近くであり、金達壽もそうだった。

小泉家のタブーを書いているというので購入したら、そういうことは一切なかった。