三井不動産(つくば市政展望-248) | 安部南牛 | 朝鮮文化資料室

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科学万博の終了直後の町長選挙では、沼尻民平町長は対立候補の猛追を振り切って大勝した。むろん、対立した高野慎吾候補の得票も8千票を越している。翌86年の町長選挙では、当選した木村操候補の得票は落選した高野慎吾候補の得票より少なかった。むろん、この時当選した沼尻民平町長の三選目の得票数は1万票を軽く上回っていた。それは科学万博を成功裏に終わらせた沼尻民平町長への評価の票であった。

科学万博の成功で沼尻民平町長三選を阻止する候補の出現は無い、と見られていたが、三井不動産の江戸英雄会長の縁戚に当たる高野慎吾氏が突然に立候補した。にわか造りの町長候補だから高野慎吾候補は泡沫と見られていたから善戦したことになる。

それはひとえに三井不動産が付いている、という予備声の影響であった。町長選の出陣式に天下の江戸英雄氏が応援に駆け付けて町民を驚かせた。

筑波郡筑波町の江戸家は大地主で知られ、立派な長屋門を構えていた。むろん、高野慎吾家もいわゆる谷田部町の旦那衆であり、その勢威は筑波郡内に轟いていた。だが、高野慎吾氏はいわゆるお坊ちゃんであった。政治的人間とは言えなかった。つまり高野慎吾氏は政治的野心に満ちて立候補したのではなかった。谷田部の地主階級の一員として、竹内藤男県知事に逆らっては町うちの地価の上昇が見込めない、という経済的見通しを持って立候補したのであった。竹内藤男に江戸英雄は旧制水戸高校卒であり、官房長官の後藤田正晴も旧制水戸高校卒であった。高野慎吾候補の立候補の後ろに、旧制水戸高校・東大卒の三者の阿吽の呼吸があったと見るべきであった。