第二部 房総半島横断鉄道に乗って
第三章 出会い、そして東京スカイツリーへ(その二)
二
それから一週間後の土曜日午後三時頃、里志と由美子が東京駅八重洲中央口を出ると、すでに吉川隆行と大谷弘子が待っていた。先に由美子が声を掛けた。
「吉川さんと大谷さん、こんにちは。今日も寒いわね」
「こんにちわ。この寒い日に西野さんに来ていただき嬉しいわ」
弘子が言うと今度は隆行が、
「こんにちは、西野さん。取りあえず、喫茶店に行きましょうか」
と言ったので里志が、
「そうですね。こういう時は、若い人の言うことに従うのが礼儀というものだ。吉川さんと大谷さん。ちょっと年寄りだけど、お願いします」
と言ったものだから由美子が、
「あら、あなた。いつものように、いいとこ取りだわ。それじゃ、地下街の喫茶店に行きましょう」
と言って、由美子が先に歩き始めた。里志が由美子の隣に来ると、隆行と弘子も並んで、里志と由美子の後ろに来た。はたから見ていると、四人家族のようでもある。土曜日の午後とあって、喫茶店は満席だったが、三店舗目でようやく空席があった。ウェイターの案内で里志たちは、禁煙席の四人掛けボックスに座った。それからウェイターがお冷を持って来たので、由美子がホットコーヒーを四つ注文した。先に由美子が挨拶も兼ねて言った。
「先日は粟又の滝で、大変お世話になりました。お陰さまで地場逆転の地や市原湖畔美術館など、ゆっくり観光できたわ。ねえ、里志さん」
「そう。独身の時、市原に駐在したことがありましたが、その時は粟又の滝に行っただけでした。今回は妻と一緒に、小湊鉄道沿いにある観光地を見学できて良かったです」
里志が言うと隆行が、
「そうでしたか。西野さんは独身の時に、市原に住んでおられたのですか。お仕事は何でしょうか?」
と訊かれたので里志は、
「プラントや建物の建築設計で極東石油、今は吸収合併した東燃ゼネラル石油です」
それに弘子が、
「プラントというと、夜景が綺麗なので去年、隆行さんと一緒に川崎の製油所に行ったことがあるわ」
と答えた時に、ウェイターがホットコーヒーを持って来た。そこで里志たちは、ホットコーヒーを飲むことにした。少しだけ飲むと今度は弘子が先に訊いた。
「西野さんたちは、『スティールレイン』を観に行かれましたか?」
「はい、観に行きましたわ。今週の火曜日に、主人と一緒にラゾーナ川崎に行きました。私はサスペンス映画のフアンなので、最後まで観ていたけど、主人は途中から寝ていたのよ」
由美子が言うと里志は、
「普段は、そんなことはないのですが、暖房が良く効いていたからかもしれない。それに、昼食後すぐに観たからだろう」
すると隆行が、
「そうですか。僕も過去に映画館で寝たことがあり、そういう時は後日、DVDを借りて観たのが、三回くらいありました。特に暗い場面が多い映画は、眠くなってきますね」
と言った。それから暫くすると由美子が、
「ところで、コーヒーの追加とケーキを食べませんか」
と訊いたので弘子が、
「私も食べたかったので、ちょうどいいわ」
と、女性陣に言われたので里志と隆行も、
「よし、それでいこう」
と言うことになり、由美子がウェイターを呼び、ホットコーヒーとケーキを四人分注文した。注文が終わると里志が、
「吉川さんと大谷さんは、お付き合いが長いようですが。というのは先日お会いした時に、吉川さんにはお父さんが、そして、大谷さんにはお母さんがおられないと」
と言ったので由美子が、
「まあ、里志さん。良く覚えているわね。それはそうと、ご結婚のほうは?」
と、出し抜けに訊かれたので、隆行と弘子は顔を見合わせて面食らってしまった。それから隆行が、
「はい、前向きに結婚は考えていますが、もっとお金を貯めてからですね。二人で住むのにマンションを買いたいと思っています」
と言ったので由美子が、
「まあ、偉いわね。うちの息子と娘は二人とも、賃貸マンションなのよ」
と言った時に、ウェイターがホットコーヒーとケーキを持って来た。里志と由美子が先にケーキを食べると、続いて隆行と弘子もケーキを食べ始めた。少しケーキを食べたところで弘子が、
「それで結婚するのは、三年後くらいですわ」
続いて隆行が、
「その時は、西野さんにも結婚式に出席していただきたいので、今からお願いしておこうかな」
と言ったものだから由美子が、
「あら、嬉しいわ。私たちは仲人はやったことがないし、結婚式に出席するのは、娘が結婚して以来だわ。里志さん、折角だから、お受けしましょうよ」
と由美子に言われてしまえば、里志は従わざるを得ない。
「そうですね。三年といえば長いようですが、私たちは、あちこち旅行している間に、過ぎ去ってしまいますから」
の返答に隆行と弘子は心の中で嬉しくなり、弘子が先に言った。
「良かったわ。まだ結婚のことは母に言ってないのに、先に西野さんに言ってしまったわ。ねえ、隆行さん」
「そういうことだね。まだ二回しかお会いしてないのに。それもこれも、奥さんがサスペンス映画のフアンだからかな」
と言ったので由美子が、
「それはあるかもしれないわ。この年になって、若い人たちと映画の話ができるのは素敵なことだわ。ねえ、里志さん」
「いや~、由美子は話が上手いね。すっかり俺もその気になってきたみたいだ」
と言って、里志はホットコーヒーを口に運んだ。その後も映画のことや旅行のことで五時頃まで会話が弾んだ。みんなはホットコーヒーとケーキを食べ終わったので由美子が、
「吉川さんと大谷さん。そろそろ帰りましょうか。お勘定は私たちが払いますから」
と言ったので弘子が、
「今日は大変ご馳走になりました。今度、東京スカイツリーに行きましょうか」
と言うと、里志は思いがけない誘いに、
「まだ由美子と行ってないのに、これは嬉しいな」
すると今度は由美子も、
「まあ、こんな年寄りを誘っていただき、光栄ですわ」
「それでは、いつにしましょうか?」
隆行が訊いたので由美子は、
「私たちは暇ですから、いつでもいいわ」
と言うと弘子が、
「私たちは来年の一月半ば頃がちょうどいいわ。ねえ、隆行さん?」
「それじゃ、一月になったら、私たちのほうから電話しましょうか」
それに里志が、
「そうですね。澄み切った冬の空と世界遺産の富士山を見るのに、ちょうどいい季節ですね。しかも若いお二人さんと一緒に」
と言ったので由美子が、
「いや~、里志さんも話が上手いわね。すっかり私もその気になってきましたわ」
と言ったものだから、隆行と弘子は顔を見合わせて笑ってしまった。それから由美子が支払いを済ませ、みんなは喫茶店をあとにして東京駅に向かった。